40 深雪に翳る日輪
陽明は弾き飛ばされた勢いを利用して一旦距離を取った。
前傾姿勢になって足裏から
「(やっぱり、強い……っ!!)」
じわり、じわり、と真綿で首を締められているような気分。
決して防戦一方という訳ではないが、拮抗状態を維持するだけでも神経が磨り減っていく。珀穂からは際どい一撃を受ける事も多く、その度に崖から突き落とされるにも似た恐怖に襲われた。
自力の差。
一年間のブランクによって開いた実力差が、遅効性の毒みたいに効いてきたのだ。
「(残り時間は、あと二分……!)」
電光掲示板に目をやり、唇を噛む。
速度や技術では勝てないのだから、正面から
しかし、黒い少年は迎撃する素振りすら見せず、こちらに背中を向けて飛行し始めた。出方を窺っているのか、何か策があるのか、敢えて速度は落としているようだ。
罠の可能性が脳裏を過ぎったが、陽明は
「——
そう叫んだ直後、緋色の刀身から噴出した膨大な
太陽の騎士が原作で使った技の再現。
だが、当たらなければ意味がない。
珀穂の体が物理法則を無視して真横へ滑る。
「(そりゃ簡単には当たってくれないよな!)」
ごっそりと
この至近距離ではいくら
「(
規格外の威力を誇る
だが、珀穂にだって余裕がある訳ではない。
試合の序盤から
「(まずは、一点)」
「(同点にして延長戦に持ち込めば、こっちにだって勝機はある!)」
両腕に力を入れて、果敢に距離を詰めてきた珀穂の氷刀を受け止めた。咄嗟に右半身に纏っていた
発動した
爆炎。
空間を震撼させる衝撃が炸裂した。
インパクトの瞬間に
「(残り、一分半……!!)」
陽明は
辛うじて上体を起こした珀穂だが、勢いを殺し切れずに体は後方へ流れていた。ブレーキの為に両足から火花みたいに迸る
ここだ。
最後の一撃を叩き込むには絶好のタイミング。
「——
下段に構えた
紅蓮の業火が一直線に大気を
だが。
レンズの奥にある瞳が鋭い光を帯びた。
「——
不可視の刃となって空を切り裂く。
思わず顔を伏せた途端、強烈な冷気が総身を走り抜けた。瞬きをする間に氷点下の雪山に移動したという有り得ない錯覚が脳に差し込まれる。皮膚が裂けそうな痛みを覚えつつも、恐る恐る
凍っていく。
景色が純白の
直撃するはずだった炎の奔流も、飛び散った
気が付けば。
辺りは浮遊する無数の氷塊に埋め尽くされていた。
「……嘘、だろ?」
まるで、
凍った炎は空に架かる橋みたいで、毎秒数トンもの水が流れ落ちる滝が全て凍り付いた絶景を喚起させた。今にも色を取り戻しそうな躍動感のせいで、時が静止したような感覚に陥る。
「『
歓声すらも凍て付き、雪降る深夜を彷彿とさせる静寂に低い声が響き渡った。
「
ピシィッ!! と、何かが軋む音。
周囲に浮遊していた氷塊に亀裂が走り、細かい破片となって砕け散ったのだ。
ビルの窓ガラスが一斉に割れたような光景の中、珀穂は半身になって重心を落とす。スピードスケートにも似た構え。右手で握り直した氷刀からは白い冷気が
「(なんだ、この技は……? 先月の大会じゃ、使ってなかったのに)」
ふと、生命力が蒸発するような虚脱感に苛まれて視線を下に向ける。
霜の降りた緋色の刀身に走る一条の亀裂。
陽明は白い吐息を漏らしながら、呆然と固まってしまう。
対して、珀穂は
効果が絶大である為、技の使用には何らかの制限や条件があるのかもしれない。だが試合終盤のこのタイミングで発動したという事は、珀穂がそれらの欠点を補えると判断したからだろう。とてもじゃないが、裏を掻けるとは思えなかった。
「(……勝ち筋が、消えた)」
目の前が真っ暗になるような絶望感。
世界から音が遠のいて、
残り時間が一分を切った。
十メートル以上離れていた珀穂が猛然と距離を詰めてくる。
振り下ろされた氷刀をラバーソードで防ぐも、宙で踏ん張れずに弾き飛ばされてしまった。
「(
陽明は初心者みたいに宙で手足をばたつかせ、何とか体勢を整える。
「(俺は、負けるのか……?)」
心に、
「(豊音を失って、また空を見上げるだけの地獄に戻るのか?)」
嫌だ。
それだけは、嫌だ。
この想いだけは、絶対に
今までは簡単に捨てられたのに、熱い感情で心が焦げ付きそうになっている。
だから、なのだろうか?
——だったら質問に答えてもらおうか、
『彼』の声が聞こえたのは。
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