39 表象の裏側
観客席の興奮は最高潮に達している。
歓声が渦となって舞い上がる中、御波は五十メートルプールの上空で繰り広げられる凄絶な剣戟を特設ステージの横で見上げていた。
ファンタジー映画のCGにしか見えない一撃を、黒いユニフォームを着た少年が氷刀を使って受け流した。激しくスパークする黄色の光芒。皮膚を焦す熱風が鬱陶しいのか、息の上がった顔は不機嫌そうに顰められている。
不意に、
陽明が
「すごい……これが、
御波は呆然と空を見上げて呟いた。少年マンガで戦闘を見物している一般人はこんな気分なのかもしれない。
「あの剣が、陽明の
「そう、
隣に立っている豊音が、真剣な表情で答える。
「『太陽の騎士と湖の王女』って絵本で、主人公の騎士が使っていた聖剣だよ。刀身の
「どうして、そんな事に……?」
「
「憧れた存在と、現実の自分における埋めようのない差。幼い頃に心に刻まれた挫折や諦め。そう言う『他人に抱かれたい
だからこそ、裏の象と呼ばれているのだろう。
ギリシア神話において死を司り、
「ハル君の場合、それが『太陽の騎士』だったんだ。自分の弱さを認識するきっかけになった存在だから」
「何だか、
自分の弱さと常に向き合う事を強要されるのならば、いくら強力な武器だとしても好んで使いたいとは思えなかった。発動する度に自己嫌悪に陥りそうだ。
「その点については私も同感かな。棘の付いた
「……それは、どうして?」
「前にハル君が言ってたんだ。人には必ず弱さが存在する。どれだけ目を逸らしたくても、まずは受け入れなくちゃ話が始まらない。だって、それは紛れもなく自分の一部なんだから。そう言った次の日、ハル君は使えなかった
豊音は両目を細めて告げる。
まるで遙か遠くへ行ってしまった誰かへ想いを馳せるように。
「もしかしたら、自分の弱さと正面から向き合って、心の底から
それぞれの
だが、試合は大詰めを迎えつつある。
すでに残り時間は三分を切っていた。現状は陽明が一点のビハインド。最悪でも同点にして延長戦に持ち込まなければ敗北が決定してしまう。
「しっかりしなさいよ、陽明……っ!」
拳を握って、歯痒さを吐き出す。
エバジェリーの素人である御波に具体的な戦況は分からない。だが、肌感覚としては陽明が押されている気がした。
「ハル君は、大丈夫だよ」
それでも、豊音の顔には一切の曇りがなかった。
揺るぎのない眼差しで、太陽の騎士を見詰めている。
「だって、私の為に勝つって約束してくれたから」
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