38 炎天
「呆れた、少しはフェイントを警戒しなかったの?」
その声は、背後から。
できたのは首を後ろへと捻る事だけ。
直後、容赦のない斬撃が放たれる。
展開していた
場外で浮かぶ審判が白い旗を挙げた直後、得点を告げる甲高いブザー音が鳴り響く。
「(……迂闊だった)」
背面への有効打は二点。
僅か一分にも満たない逆転劇。
「(珀穂は、練習試合の記憶を利用して俺の動きを止めやがったんだ……あの時と同じく水面に叩き付けると思い込ませる事で)」
ギリリッ!! と湧き上がる後悔を歯軋りで潰す。
珀穂は審判の白旗を確認すると、冷徹な眼差しを陽明へ向けた。逆転の安堵も、策が嵌まった喜びも感じさせないポーカーフェイス。それでも逡巡するみたいに動きを止めてから、試合開始の位置へと戻っていく。
「(切り替えろ、今のは珀穂が一枚上手だった)」
陽明も開始位置へ向かいながら、何度も深呼吸を繰り返す。
状況は圧倒的に不利だ。
単独で
だが、珀穂は俯いたままだ。前髪で目許を隠したままだらりと両腕を垂らしている。
疑問に感じた審判の青年が、躊躇い気味に開始のブザーを鳴らした。
「(一体、何をする気だ……?)」
警戒して動けない陽明に向けて、珀穂は緩慢な動きで氷刀の切っ先を突き付ける。
「抜きなよ、君の
一瞬。
何を言われたのか分からなかった。
「使えるんだろ、慎也さんを倒したという君の話が本当なら」
「でも、それじゃ俺を……」
「勘違いしないでくれる? これは僕の個人的な欲求だよ。これから君は
視線に困惑を乗せて問い掛けるも、黒縁眼鏡の奥にある瞳は微塵も揺るがない。爽やかに整った顔に真剣な色を浮べるその姿は、まるで
「それに、これが君と戦える最後になるなら、全力の君を叩き潰しておかないと後悔が残る。……やっと追い着けたってのに、中途半端な君を倒しても僕の気が収まらないんだよ」
僅かに両目を伏せると、責めるように声を低く震わせた。
「勝手に負けて、一人で絶望して、何も言わずに去って行って……それで、ようやく戻ってきたと思ったら腑抜けになってた。ふざけるな。僕の知っている君は、かつて空を支配するとまで言われた
「だから見せろよ、
「……そっか」
電光掲示板に表示された経過時間は、四分と少し。
タイミング的には少し早いが、
陽明は短く息を吐き出すと、両手で握ったラバーソードを胸元へと引き寄せる。西洋の騎士を想起させる構え。込み上げる笑みを抑える事ができない。燃えるような興奮を両目に湛えて、全身から激しく
「——
ラバーソードを包み込む黄色の
そして、顕現する。
その刀身は夕焼けを鋳型に流し込んだみたいな
芸術品と見紛う装飾が施された
「悪い、待たせたな」
陽明は
刀身の湛える灼熱が、たった一振りで冷えた空気を吹き飛ばした。
「……本当に、待ちくたびれた」
涼しげな声に混じる確かな躍動。
珀穂は氷刀を右手で握り直し、スピードスケートを思わせる半身の構えを取る。いつも皮肉げに歪んだ口許にも、今ばかりは獰猛な笑みが刻まれていた。
「この一年間、ずっと待っていたよ……
合図など必要なかった。
全力を解放した二人の
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