31 特訓
慎也との特訓も、すでに終盤に入っていた。
強烈な一撃で吹っ飛ばされた陽明は、プールの上空八メートルを凄まじい速度で滑っていく。
「……おぉ、らあッ!」
腹筋に力を入れながら雄叫びを上げる。
無理やり上半身を持ち上げて前傾姿勢を取った。
十五メートル離れた位置で浮かんでいた慎也は、右手でラバーソードを持つと半身になって重心を落とした。スピードスケートにも似た構え。その後、スポーツジャージを着た陽明が体勢を立て直すよりも早く
優男の背中で
飛行中に
追い詰められた陽明は
一歩足りとも動かないという意志を反映するように、陽明の背後で輝きが爆発的に膨れ上がった。展開した
ラバーソードを上段に構えて、猛烈な速度で近づいてくる慎也を見据えた。
そして、矛と盾が正面から激突する。
拮抗は、たった数秒。
鍔迫り合いに持ち込んだ陽明が土俵際で耐え切り、渾身の力でラバーソードを振り抜いたのだ。業火の熱量にすら匹敵する
「(……いける!)」
元ジュニア王者は
「(精密な
現役時代から細かな制御を苦手としていた陽明は、恵まれた
陽明が
正面から突っ込んでくる師匠を場外へ弾き返す為に、陽明はラバーソードに
発動したのは、
白い発泡素材を溶接光にも似た眩い輝きが包み込み、
だが、激突の直前。
慎也が
「(
咄嗟に神経を研ぎ澄ませて、撒き散らされた
「(——上っ!!)」
僅かな
脳天へ振り下ろされた一閃を遮ってみせるが、姿勢維持に意識を回す余裕はなかった。巨人の張り手でも食らったみたいに、陽明の体が水面へと一直線に吸い込まれていく。
頭上では
反撃のチャンスだ。
選択した
水面から二メートルの位置で急制動を掛け、膝を折った姿勢で
「おわぁっ!?」
姿勢が、崩れる。
「今のはハルの判断ミスだったね」
ゆっくり降りてきた師匠が、水面付近で仰向けのまま漂う陽明に声を掛けた。
「
「くそっ!!」
ラバーソードで乱暴に水面を叩き付ける。
「今日はここまでにしようか」
「そんな、待ってくださいよ先生!」
「まだやれますから、俺なら大丈夫です! あと一戦だけお願いします!!」
「駄目だ、今日はもう終わりだよ」
「どうしてですか!? まだ時間なら残ってるでしょ! 試合まであと四日しかないのに……こんな状態じゃ珀穂には勝てない!!
「ハル、少し落ち着いて」
熱を帯びる陽明とは対照的に、慎也は低い声で言った。
「焦る気持ちは分かる。だからと言って無闇やたらに体を動かせばいいって訳じゃないよ。君、自分の体の状態に気付いているかい?」
「体の、状態……?」
「やっぱりね。明日は僕の都合も悪いし、練習はなしにしよう。先週からずっと体を動かしているんだ、少しは休んだ方がいい」
「いや、でも」
「分かったかい?」
「……分かり、ました」
渋々頷く。
慎也は水面付近を滑ってプールサイドへと移動し、PACEを外して出口へと歩いて行った。茫然とした様子で浮かんでいた陽明は、しばらく経ってからプールサイドへと飛行していく。
「お疲れ様、ハル君」
ペットボトルを持って待っていたのは、九高の夏服を着た豊音だった。
陽明は強張っていた頬を柔らかく綻ばせながら、白いセラミックタイルに裸足で着地する。足裏に広がるひんやりとした感触。豊音からスポーツドリンクを受け取る為に、首筋に手を当ててPACEの電源を切った――直後。
がくんっ!! と。
意志とは関係なく膝が折れた。
「ハ、ハル君!? ちょっと、大丈夫なの!?」
慌てて豊音が駆け寄ってくる。
両目を見開いた陽明はガクガクと痙攣する下半身を見詰めて、
「……情けないな、気を抜いた瞬間にこれか。まだ戦えるって思ってたのに」
「無理しないの。ほら、肩を貸して」
「大丈夫、一人で歩ける」
「いいから、早く」
豊音は有無を言わせぬ口調で言うと、陽明の反応を待たずに左脇へと潜り込む。そのまま腕を自分の肩に回して立ち上がった。
「(……髪、冷たくて気持ちいい)」
心も体も限界なのに、どうやら煩悩だけは正常に作動しているらしい。
左腕は
「……俺、焦ってるのかな?」
ぽつり、と。
俯いた口から、言葉が零れ落ちる。
「これでもさ、自分では冷静なつもりなんだ。必要な事を考えて、逃げずに頑張って……でも、結果はこの
「ねぇ、ハル君」
腹を括ったような声。
顔を上げてみると、頬を赤らめた一つ歳上の少女が揺れる瞳でじっと見詰めていた。
「明日、私の家に来ない?」
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