12 翼の理論
「そもそもだけど、御波ちゃんはエバジェリーで人が生身のまま空を飛ぶ理屈って知ってる?」
首を横に振ると、豊音は脳内を整理するように視線を上向けてから話し始めた。
「エバジェリーはね、精神医学の治療法から発展したスポーツなの。元になっている理論は『
「心理学、ですか?」
「うん。福木派ではね、人間の意志や欲求は全て無意識に存在する『
美人な先輩は立石に水といった様子で説明を続ける。
「
「頑張ろうって思う気持ちの元が
「そうそう、そんな感じ。人間は何か行動を起こす時、必ず
「あー、それは何となく分かります。脳内会議の天使と悪魔ですね」
「うんうん。そして、二つの欲動の葛藤によって生まれるのが
「
「御波ちゃん、飛んでいる選手を見てみて。淡い光を纏っているでしょ?」
「はい」
光の色には個人差があった。プールの水面付近で練習しているグループは紫色と青色で、十メートル上空で編隊飛行している人達は水色と緑色。だが、どうしてか陽明だけが黄色である。
「あの光が
「すごく綺麗な光ですね」
語弊はあるかもしれないが、心の働きで生み出される『魔力』みたいな物なのだろう。
「説明だけじゃ分からないだろうし、実際に体験してもらおうか」
豊音はベンチに置かれたプラスチックのケースから白いチョーカーみたいな機械を取り出した。長い髪を掻き上げてPACEをうなじへ装着する。立ち上がり、右手で機械側面のスイッチを弾いた。
その途端。
「じゃあ御波ちゃん、ラバーソードで私を叩いてみて」
「……え?」
思わず見蕩れていた御波は慌てて立ち上がる。
「い、いいんですか?」
「うん、思いっ切りどうぞ」
そう笑顔で言われても、学校の先輩に全力で斬り掛かろうとは思えない。迷った末に軽く白いゴム製の剣を持ち上げて、豊音の左肩から袈裟懸け気味に優しく振り下ろしてみた。
しかし、当たらない。
リーフグリーンの光に触れた瞬間、ぐぐぅ……っと猛烈な反発を感じたのだ。磁石の同じ極同士を近づけるにも似た抵抗。力を込めても
「これ、は……?」
「
表に返した豊音の手の平に輝きが吸い込まれていき、小さな光の珠となった。
「破裂させる」
ゴガッ!! と。
手の平が押し返される程の衝撃が放たれる。圧縮する事で反発する性質を高め、それを一気に解放したのだろう。圧縮の方法を工夫して
「こんな風にして、推進力や姿勢制御で使ったりもするんだよ。それから……」
数歩だけ御波から距離を取ると、豊音は
周囲に浮かんでいた大量の光が渦を巻いて舞い上がる。まるで映像の逆再生。針よりも鋭い輝きが豊音の頭上へと収束して何かを形作っていく。
そう。
それは、まるで——
「(天使の、輪……?)」
プールサイドを軽く蹴った直後だった。
すぅ、と。
豊音の体が一定の速度で空へ浮かび上がっていく。
五メートル程で右手を掲げ、纏っていた
「その頭上の光は、一体……?」
「
プールサイドの水滴や近くにあった備品は浮かなかった事から、使用者の周囲に力場のような物を発生させているのではないのだろう。適用範囲は身に付けている物か。
全身から漂わせる
滑らかな挙動でプールサイドに降りてきた豊音の頭上から
「わ、わわわあっ!?」
短い悲鳴。
慌てて目を向けてみると、水面付近でゆっくり飛行していた女子小学生がぐるぐると勢いよく宙で回っていた。
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