13 マニューバ
「わ、わわわあっ!?」
短い悲鳴。
慌てて目を向けてみると、水面付近でゆっくり飛行していた女子小学生がぐるぐると勢いよく宙で回っていた。姿勢制御時に
「と、豊音先輩! 助けなくても大丈夫なんですか!?」
「問題ないよ、あれくらいなら」
全く動じない
空気抵抗で次第に弱まっていく回転力。
次の瞬間、女子小学生の頭上から
盛大に水飛沫が飛び散った。
しかし、女子小学生がプールに沈む事はなかった。まるで尻餅でも付くみたいに揺れる水面に座っているのだ。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
女子小学生は楽しそうに笑いながら練習へと戻っていく。他の選手も驚いた様子がない為、これくらいのアクシデントは何も珍しくないのかもしれない。
「これが
「はい! すっごくビックリしました!」
「でも、面白いのはまだまだこれから。エバジェリーでは
「それって、これの事ですよね?」
御波はスマホを操作すると、動画サイトの検索画面を表示させた。
関連動画の一覧には『世界最強の米国空軍もビックリ!? 生身でドッグファイトを繰り広げるエバジェリーを徹底解説!!』や『空で戦う剣道! 人間離れしたエバジェリーの
「そうそう。
豊音が画面をスクロールすると、関連動画の中に『
「
「報告会で配布されてた冊子に選手一覧が載ってましたね」
「その通り。あ、御波ちゃん見てみて。もうすぐ
視線を向けてみる。
プールの上空十メートルでは二人の選手が横一列に並んで浮いていた。完全に静止した後、合図と共に宙を蹴って猛烈な速度を叩き出す。地面も何もない場所でのロケットダッシュは、明らかに教科書に載っている物理学を否定した動きだ。
「あれは
「すごい……! 生で見ると、あんなに速いんですね!」
御波は食い入るように
少しして陽明の番が回ってくる。一緒の組になった大学生の男と何やら話していたが、不意に鋭い笑みを口許に刻み込んだ。ここからでは詳しい内容までは聞き取れないが、どうやら陽明が勝負を挑まれて承諾したらしい。
「陽明、大丈夫なの? 相手は歳上だし、練習だって一年振りなのに……」
不安げな御波とは対照的に、
陽明と大学生の男が一列に並ぶ。喉の乾くような緊張感が空を支配した。
そして、合図が鳴った直後。
ばんっ!! と。
大気を叩く破裂音と共に、陽明の姿が掻き消えた。
「は?」
本当に消えた訳ではない。だが、そう表現したくなる程の超速度だった。
「(格が違う、初めて生でエバジェリーを見た素人でも感じるほど圧倒的に……!)」
これが、かつての二年連続ジュニア王者。
「ハル君、やっぱり去年に比べて衰えてる」
「あ、あれで劣化してるんですか? 全然ブランクとかないように見えますけど」
「大き過ぎる力に肉体と感覚が追い付いてない感じかな。昔と変わらず
豊音は好物を目の前にした子どもみたいな無邪気さで言った。だがその瞳には、不気味なほど鋭い輝きが宿っている。喩えるなら、将来有望な
「すっごく、楽しみ」
ぞくっ、と。
「あの、豊音先輩……つかぬ事をお聞きしますが」
「なに?」
「先輩って、実はSだったりしますか?」
「んー、否定はしないかな」
恍惚とした表情になった豊音は、洋服でも選ぶみたいに楽しげに言った。
「ハル君ってね、すごく従順なの。どれだけ苦しいお願いをしても絶対に応えてくれるし、文句を言いながらも最後は私の所に帰ってきてくれる。その姿が可愛くて仕方ないんだ……もっと意地悪をしたいって思うくらいに」
「そ、そうですか」
雲行きが怪しくなった元ジュニア王者へ、心の中で頑張れと祈っておいた。
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