海で死のうと思ったのは、まず迷惑がかからないと思ったから。

アパートで死ぬと不動産に迷惑がかかるし、飛び降りや飛び込みはあとからの賠償金が怖かった。毒物は死ぬ前に苦しむのはいやだと感じた。リスカは痛いし、血を処理するのもいやだった。

そんなことを考えていると、捜索されたら他の人の手を患わせるか、なんて思いついた。でも、捜索願なんてどの死に方でも出されるときは出されるか。

海も死ぬときは苦しい。でも、私元々泳げないから、海に沈んじゃえば諦めがつくと思うんだよね。


死ぬときまでも、ちゃんと価値ある人間でいたかったから海で死んだら魚の餌になって、その魚たちの成長を手助けできるし、媒介的ではあるがそのサカナを食べた誰かの血となり肉となり発達を促すかもしれない

はたまた、生命の源である海に帰ることで、いつしか雨となり地を潤し、人を干ばつから救うかもしれない

そう思って死に方は水死に決めた、なんてロマンチストなんだろう


死ぬ場所は最初は鹿児島の海にしようかと思ったけど

そこに行くまでのお金がもったいないし、海までバシャバシャ歩いて行くよりは

どぼんと一瞬で落ちたかった

地元の海に行くか、とも思ったが地元でニュースになって親や知っている人に迷惑をかけるのもいやだった

せっかく死ぬならちゃんと決めて死にたい、とあれやこれや悩んでいると

つけっぱなしにしていた昼のサスペンスドラマで東京湾に遺体を投げるシーンがあった

ここなら死にやすそう、そうおもって東京湾にした

それに東京湾なら私の死も日常茶飯事なことだと受け止めてくれるような気がした


近くの金券屋で平和島までの片道切符を買った。そこからは歩いて行けばいいや。

髪の毛は特別な日に使う用のトリートメントとオイルで整えたし、1枚500円もするパックも使った。

ビューラーでしっかりと睫毛をあげて、1本1本丁寧にマスカラをした。

資生堂の赤色のリップを直塗りした、グロスはつけない。

一番好きな下着と洋服に身を包んで、足下はもちろん9センチヒール。

ポッケには切符とスマートフォン、片手にはミルクティー。

今からデートに行く、それと同じくらい、いやそれ以上に身なりに気を遣った

あたりまえだ、今から一番やりたいことをやるんだから


夏だったしヒールだったのもあり、平和島から歩くのは疲れた。

何度もペットボトルの蓋を空けては、手持ちがないから、と言い聞かせてちびちびとのどを潤わせた。


出す身分証がない私は、そうである人だと一発でわかってしまうので

なるべく人のいない道を探した

東京は至る所に人がいると思っていたが、誰にも出会うことなく堤防にたどり着いた

神様はいるんだと感じつつ、神様の手の上で転がっていると思おうと少し悲しくなった


海に入るのは大学3年生の部活ぶり

あのときは、泳げないからって砂浜にいた私をしょうちゃんが海までつれてってくれたんだよね


今は楽しかった思い出たちを私が海までつれていってあげる


スマートフォンからSNSを開いて、この日のために推敲した下書きを投稿する

死んでからの賞賛も慰めも罵倒も同情も全部いらない

そのまま、アプリを削除した


大好きだった人の名前をつぶやいて、ありがとう、楽しかった。


鼻をつんざくような磯や油の混ざった匂いのあとに、つーんと鼻の奥が痛くなった

まぶたが開けない、開く必要もないけれど

暗くて、月の光も見えない、嗅覚も、聴覚も使い物にならなくなってしまった

だから、楽しかった日々を頭の中で反芻した

感覚が薄れていくおかげで、クリアにあのころの情景や感情がうかんだ

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