第3話 絶対境界線最前線基地 出発前夜のこと

 朝になった。昨日は結局、新島さんを諦め寝台車に戻り寝ていた。硬いマットにも慣れ始め、生活が少しずつ快適になり始めていた。この基地においていく貨車を取り外しているらしく、金属の擦れる音や振動がわずかに耳に届いた。

 

古臭いアラームが鳴る


 「10:00よりミーティングを行う。全員、車両前に集合せよ」


 9:35、寝転がっていても暇なので喫煙所でタバコを吸っていた。第七市街(一三たちの故郷)を出発する前にカートン買いしていたのが功を奏した。相変わらず『蔵王』は重くて甘い。鼻腔がしばらくはバニラの匂いに支配される。よく工場の裏で吸っていると井原屋に「寿命縮めるよ!」と怒られた。

 「「どうせ短い人生だ」」

ぽつりと言葉が出た。

 「よう、『蔵王』なんて渋いの吸ってるなァ」

不意に背後から声がした。振り返ると、身長2メートルは超える大男。首には『666』のタトゥー。

「新島......さん」

「おう、新島じゃ。そのまま呼び捨てにしてたら張り手が飛んでたぞ!」

「勘弁してくださいよ、昨日の人すごい飛び方していたじゃ無いですか」

「軽く振っただけであれやからな。本気で殴ったら首から上が消えとるわ!ガハハハ!!!強けりゃ未知線路からも帰って来れるで!」


 この時は新島さんの言葉を冗談だと思っていたが、この言葉が真である事をその夜に知る事になる......


22:05、夕食を終え基地内を散歩していた。コンビニみたいな店もあれば、銭湯もある。小さな町みたいで結構快適そうだ。いままで町では常に蔑まれた目で見られてきたから、混血とか純血を関係なく飯を食い風呂に入り寝るというこの空間がどうも心地良い。宿(売春宿)が無いのが辛いが。


突如、地鳴りのような音が鳴り響いた。その2秒後(体感)には高音のサイレンが耳を劈いた。

『境界線より魔獣。ドラゴンタイプ。数2。対戦闘!!』

 俺は急いで自分の寝台車に武器を取りに行った。走る。距離は?800メートルはあるぞおい!?

「たかが竜、爬虫類二匹に慌てんなやぁ!おい!」

基地内にこだまする新島さんの声。

声の方向に俺は自然と走っていた。新島さんの声がした場所には人だかりが出来ていた。そして集まった人たちの視線の先に新島さんがいた。新島さんは目視できるほどに近づいた竜にめがけて歩いている。フェンスの中には当たり前のようにいない。

 竜が並走してこちらに走っている。速度は、街を走る車よりは速いのは確かだ。

「おい!蔵王の兄ちゃん!見とけよ!俺の殴り!!!」

 構える新島さん。

 刹那、並走して走る身長7メートルはあろうかという二匹の竜の胴と頭が離れた。

見えるのは新島さんの血まみれの手と飛散した肉片。そして二つずつ散らばった竜の胴と頭。

 新島さんとの距離は200メートルはあるはずなのに血しぶきが見ている俺まで飛んできた。

 

 二時間後、友人と駄弁っていると三本の酒とたばこを持った新島さんが俺の眠る寝台車までやってきた。

「飲もうぜ」

と言い、俺をお姫様抱っこした。周りの目線が恥ずかしくて俺はついつい両手で顔を隠した。実質俺は女の子なのでは......?

 「お前、越境隊なんやろ?」

俺を喫煙所のベンチに下ろした新島さんは突然、そう聞いてきた。

「そうですけど......そういや、さっき強ければ帰って来れるって」

「そうや。でも、あれは半分本当で半分嘘や。本当は俺が特別な混血らしいから命は助けてくれたらしいんやけどな」

「その他の人は......」

「俺以外全員、消えてしもうた」

「消える......??」

「俺も瞬間の記憶が無いんや。ただ気が付いたら、線路の上に横たわってた」

「でも、なんでそんな事を俺に」

「お前、7013ってロット振りされとるけど70は後付けしたやろ」

!?

 なぜ、知っているんだ。たしかに俺はもともと13番だ。ただ昔、初期ロット狩というのが純血のジャンキー共の間で流行り俺も4回ほどリンチに遭い指名手配された。それに懲りて「70」を書き足し、虚偽の身分証を作り第七市街に逃げた。

「なんで、分かったんですか」

「そりゃ、俺が"真理の目"を悪魔から抉り取って自分の目に入れたからやな。混血が悪魔か魔人と人間の血をミックスしたホムンクルスっていうのは知ってるか?」

「はい」

「比較的、新しいロットのは育成瓶の中で育つんやけどな。最初期の1から80くらいまでは魔神の人質を代理母とした作り方をしてたの知ってるか?」

「代理母???」

「無理矢理、受精させてな。産ませるんや。最初期のロットは80人の魔神の人質使って作ったんや」

「なら、俺は魔神の血も入っていると?」

「そうや、俺も入っとる。んでな、ここからが大切な話や」

 新島さんにいつもの野蛮な目は無かった。傷だらけの顔から哀しさが溢れ出していた。

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