空が泣くとき
その日、天気はあまり良くなく。朝起きたら雨が降っていた。私は旅行に行くとき、雨に降られることが皆無と言ってもいい程で。傘など持ってもいなかった。
今日はどうしようかなぁなどと思いながら、朝食はホテルに頼んでないので傘を借りて近くのコンビニに向かう。まだ近くのお店はどこも開店していなかった。
別にこんな旅行もいいかもしれないなとサンドイッチをパクリとかじって、テレビを見てぼーっと身体を休める。一日雨の天気予報。
そして、窓の方に目を向ける。フェリーが港に近づいている様子が見えた。
ここは小豆島。私は毎年、夏から秋にかけてのどこかで、四国に訪れる。最近は誕生日に訪れることが増えた。7月初旬生まれの私は、まだ梅雨明けしていなくても全くそれを気にせず旅に出る。それなのに晴れが多いのは、ちょっと晴れ女気質があるのではと勘違いしてしまう。
今年は小豆島に二泊して、最終日は徳島から帰ろうと決めていた。
昨日は岡山から友達がフェリーで来てくれて、車で案内してくれた。ずっと行ってみたかったドラマのロケ地に行ってみたり、ハートのオリーブの葉を探してみたり。あ、オリーブ素麺がさっぱりしてて美味しかったな。と思い出した。また後で食べに行こう。フェリーが到着するところにある、観光センターの食事処で十分。
私は好きなものは嫌になるまで食べるタイプで、それに飽きたらまた違うものを嫌になるまで食べるところがある。だから、小豆島滞在中はずっと素麺でも構わない。薄いグリーンのオリーブ素麺でも、普通の手延べ素麺でも。
あ、お米はマメに食べたいかな。おにぎりは、すじこかネギ味噌か塩にぎり。我ながらチョイスがほのかな北海道民感。
すじこのおにぎりなんて、コンビニでは最近はメジャーだけど。私は小さい頃から食べてた。北海道では普通って。正直なんだっていいけど、好きなときに好きなものを食べれる幸せ。
観光センターが開いて、オリーブ素麺をすすりながら。ゆっくりしようと決めたにもかかわらず、また「今日はどうしようかな」と考える。
雨は小雨になっている。お土産をひとしきり見て、欲しいものの目星をつけて、ホテルに戻る。お腹いっぱいだから、買い物欲が薄れてる。
いつもなら、ホテルなんて荷物を置くだけで常にどこかしらに観光に行ってたし、雨なら部屋でのんびりしているのといいかなとも思っていた。
そう思いつつ、思い付きで行動してしまう私は「幸運の指輪」を入手すべく、ロッククライミングのような足場の悪い斜面をクリアして、参拝するつもりでフロントにタクシー手配をお願いした。
「今日は登れませんよ」タクシーの運転手さんが言った。雨は止んだのに?登れないってどう言うことなのかしら。「足元が悪いから、多分閉まってます。下の霊所でも指輪は買えるはずですから、そこに行ってみましょう。」
タクシーの運転手さんは、しきりに私の怪我の心配をするから仕方なく折れるしかなかった。
結局、指輪を買う時に聞いた話では「ハイヒールで登る子もいるから、このくらいの小雨なら登れるけどねぇ」とおばさんが言った。
今回のタクシー運転手さんは、ハズレだ。初めてかもしれない。タクシーの運転手さんが見張っているので、ホテルに帰る。市原さんなのかな、あの運転手さん。絶妙な位置で家政婦のように見てた。
指輪は「ありとあらゆる良縁を引き寄せてくれる」という左中指に。……太ったからか、なんかちょっとムチムチしてるけど。まぁいいか。
そうしてホテルの部屋でボーッとする。窓から見える海は少し暗い色。曇った空に、暗い色の海。雨は止んだり小雨だったり。
これぐらいの雨なら、濡れても大丈夫だろう。
またしても、突然私は観光に赴くことにした。重ね岩。スマホでルートを調べたら、歩いて一時間くらいだったから行けるだろう。
タオルと飲み物をバッグに放り込んで、ホテルを後にした。歩けども歩けども、人は通らないし車も異様に少ない。好きなアーティストの曲をイヤホンで聴きながら、口ずさんで歩く。
無謀にも、サンダルでだ。ちなみに、ロッククライミングもサンダルで挑むつもりだった。
『この先重ね岩』の看板を見て、スマホのルート案内をオフにして。道なりに進む。急な坂道。こんなに急だとは思わなかった。たまに車が通るけど、はじっこに動かないように止まってないと、轢かれるか林に落ちてしまいそうで怖かった。
やっとの思いで、重ね岩の入り口についた。そして、私は愕然とした。考えが甘かった……甘すぎた……あれだけ山道を登ってきたのに、細い蛇行した道を登ってきたのに、まだ登れというのだ。
目の前に石段が見えた。先は全く見えない。ここまで来たら登るしかない。タオルで小雨に濡れた身体と汗を拭いて。ペットボトルのお茶を一口飲んで登り始めた。
石段は整っているものの急だ。石段がだんだん岩をくっつけたようなものになってくる。登りと下り用なのか真ん中にある鎖を握って登る。その岩をくっつけたような石段を登っても登っても、先は見えなかった。
なんか、いまの私みたい。がんばってもがんばっても報われない。私なりにあがいてもあがいても、なにも解決しやしない。もうやめたい。戻ろうかな……
私の足は、それでも前に進むことを選んだようで。石段がなくなって見上げたら。まだ先は見えなくて、獣道のような細さで、砂が段々になっていた。砂の階段とでもいうのかな、よくわからない。けど、急なことには変わりなくて、鎖をぎりっと握って腕で身体を引っ張った。
何回繰り返したろう。もうわからなかった。喉渇いた。暑い。逆に晴れてたら干からびてたかもしれない。
見えた!
鳥居が見えた!もうゴールだ!
悪天候のせいか、観光客はいなかった。
重ね岩は堂々としていた。でも、私は重ね岩が何故崩れないのかとかそんなことはどうでもよくて。それはそれで失礼な話だとは思うけど。
重ね岩の隣から、見渡せる海。それを見て、見渡して、泣いた。
辛くて、辛くて。止めたい、もう止めようと何度も思って。でも乗り越えたら、こんな景色が待っていた。天気が悪くて、空も海も青くなくても。それでも私にとっては、私を優しく受け止めてくれる何かには変わりなかった。
ぽろっとこぼれた涙は、溢れて止まらなくなって思いっきり泣いた。いくら涙を拭いても、溢れて止まらなかった。
後ろから誰も来ないから、私は声をあげて泣いた。
そしたら、止んでいた雨がまた少し降った。
だから、空と一緒に、私は泣いた。
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