だから私は旅に出る

まゆし

ピンクのセーター

 1日目


 私の初めての海外旅行は、香港。


 卒業旅行に行きたい気持ちがあったものの、日本から飛行機で何時間もかけて遠くの国へ行くのは不安で日程的にも金銭的にも難しかったから。


 バイト先で出会った同じ学年のマユミ。一浪しているらしく、卒業時期は一緒だったけど、一つ年上。

 名前が似ているということで、私たちはすぐに意気投合した。ちなみに、私の名前はマユ。


 お互いを「マユちゃん」という不思議な仲。二人とも「マユ」が付くのだから、おかしくはない。


 飛行機に乗り込むと、彼女は乗り物が苦手ということもあって、窓際を譲った。私は真ん中の座席に座り、ガイドブックを見て早くもワクワクしてどこに行こうかなと計画をたてる。

 隣に恰幅のいいおじさんが座っていた。


「どこに行くの?」とおじさんが話しかけてきたから、私は「香港です」と答えた。


「そうかそうかー!俺はタイに行くんだよ!」

「いいですね!行ったことないなぁ~!」

「いいとこやでー!」


 私が見知らぬおじさんと話をしてしている間、彼女は無言。自然と私たちの役割みたいなものは決まってしまっていて。


 私は外交関係を担当。彼女はいざというときに表立ってくれる。例えるとすれば、やんちゃな妹としっかりものの姉。だから、私は香港に入国するための記入用紙は、彼女に教えてもらいながら記入する。


 無事、香港についたのは夜。

 タクシーに乗って、ホテルまで。可もなく不可もなくってところ。そして、ここで活躍するのは彼女。チェックインの手続きを任せて、私は「ふぁぁ」とあくび。


 部屋について、荷物を置いて。コンビニへ。

 セブンイレブンはあるのね~なんて話をしつつ、軽食を買って部屋で食べる。

「お茶が甘い!」と二人で渋い顔をする。スッキリしたものが飲みたかったのに、というのが私たちの気分だった。

 とりあえず、明日から初めての香港を満喫するために、私たちは寝ることにした。


 2日目


 朝、適当な時間に起きて、着替える。

 観光地に行くために電車に乗って歩道を歩く。しかし、何故か道行く人々がジロジロと私たちを見てくる。中には、振り向いてまで見てくる人までいた。


 イライラした私は「何ジロジロ見てるのよ。失礼すぎ」と漏らす。彼女は優しくて「なんだろうね」と言う。服がおかしいわけでも、露出度が高いわけでもないはず。なんでそんなにジロジロ見てくるわけ?

「ちっ!」ついに私は、舌打ちをした。


 歩くに歩いて、知らない神様がいるところや、記念館みたいなところに行った。お昼に何を食べるか悩みに悩むものの、結局日本にもあるファーストフード店。夜まで長いし、昼食で失敗したくなかった。うん、ジャンクフードはハズレない。


 散々歩いて、香港を満喫する。夕方、適当なお店に入ってみて、文字をみてもどんな食べ物か見当もつかず「コレ」と指を指して注文した。


 注文したものがテーブルに運ばれてきて、私は驚いた。なにこれ。なにこの、ラーメンの出来損ないみたいなものは。

 しかも、なんなの?この味。なんで若干甘いの?怪訝な顔で、麺を箸で持ち上げた私を彼女がパシャリとデジカメで撮った。


 夜市で、要りもしないものを買ってみたり、ひやかしをしてみたり。ジュースは美味しかった。なんのフルーツかよくわからなかったけど。

 小腹がすいて、屋台でまた食事をしてみる。ワンプレートに三品位をチョイスするみたい。またしても、私は失敗する。トマトばっかりで、おまけにしょっぱいものがない。彼女も似たような感じだったらしく、顔を見合わせて笑う。今度は、私が彼女の笑顔をパシャリとデジカメで撮った。


 失敗したって、ガイドブックに記載されている店に入らなくても、二人で新しいことに飛び込んで行くことが楽しかった。


 3日目


 今日も今日とて、観光地を巡り、道行く人は私たちを見る。その視線に耐えかねて。またしても私は舌打ちをした。

「ちっ!」


 デパートを覗いてみたり、建築物をみてみたり。昼食はやはり失敗したくないので、ファーストフード店へ。日本にはないメニューを頼むけど、不味くはないしむしろ美味しい。

 ファーストフード店にちょっと感謝。そして、ちょっと満足げな私を、彼女はパシャリとデジカメで私を撮った。


 その日の夜は、行ってみたかった夜の街へ。おしゃれなバー。どこに行こうか迷うほど、お店は選び放題。その中でも、真っ赤な店内になんとなく二人で入店した。

 赤い壁、赤いソファー、黒いテーブル。純粋なバーだけど、店員さんは女性ばかり。なんとなく安心して広々したソファーに、疲れた足を、靴を脱いで膝を折りそっと乗せた。足はじわぁという感覚がして、ソファーが一日の疲れを優しく受け止めた。

 マティーニが、疲れた身体に染み入った。


 4日目


 その日は、昨晩バーを満喫して、ホテルに戻ってからもコンビニで買ったアルコール飲料と彼女にルームサービスをフロントにお願いさせ、シャンパンまで空にした。完全に飲み過ぎた私たちは、昼頃から観光に出た。

 結構主要なところは見てしまった気もしたから、ブラブラお散歩のような感じで歩いていた。街中で後ろから、彼女を呼び掛けて。振り向き様の笑顔をパシャリとデジカメで撮った。


 のどが渇いたね、と喫茶店らしきところに入る。メニューがない。でも飲みたいのは冷たいお茶だし。だからメニューなくてもいいかなと思ったけど。

「アイスティー」と言っても通じない。アイスティーが通じない!?中国語しかダメなのか!

 漢字で「冷」と「茶」を書いてみた。またしても、通じない!どうしたらいいの!?

 結局、どうにかこうにかメニューを持ってきてもらうことができ、アイスティーを頼むことができた。


 これからどうしようか、なんて話をしながら何も入れていないのに甘いアイスティーを飲みながら、ゆったりした。


 そこに、隣の席に日本人の老夫婦がやってきて座った。

 私たちと同じくメニューがなく、「アイスティー」を頼むのに苦労している様子で、私は思わず声をかけた。ここは私の出番かなと。


「アイスティーですよね?私たちのと同じでいいなら、コレを指差しましょうか?甘いですけど…」

 と言うと、「お願いできる?」とにっこり穏やかに笑ってくるので。

 英語が通じないので、身振り手振りで「同じものを」と店員に伝える。


 無事、アイスティーが老夫婦のテーブルに運ばれた。「日本からなのね」とご婦人の方がにこやかに話しかけてくる。

 もちろん、対応するのは私だ。


「はい、卒業旅行です」

「そうなのね~私たちはクルーズで色々な国に観光に行っているのよ」

「え!?素敵ですね!」

「ふふふっ」


 老夫婦は二人とも穏やかで。こんな風になれる人と結婚したいなぁなんて思った。簡単なことじゃないんだろうな、なんてことも思いつつ。


 そして、お会計をして同時にお店を後にしようとした時。


「はい、これ」

 と、ご婦人がじゃらじゃらっと小銭を私の手に乗せた。

「小銭はね、両替できないから。お小遣いよ」

 触れた手は、とても温かくてご婦人の人柄が伝わってくるようだった。


 チャーミングな笑顔を見せて、少し後ろでご主人も優しく微笑んで「持っていきなさい」と言うように少し頷いている。


「わぁい!ありがとうございます!」

 と、私は無邪気に喜んだ。

「すみません。ありがとうございます」

 と、彼女は丁寧に軽く頭をさげてお礼を言った。


 手を振って別れる。


 私たちは、老夫婦の後ろ姿をしばらく見ていた。

 手を繋いで、ゆっくり歩いている。


 喫茶店では気が付かなかった。


 お揃いの薄いピンクのセーターを着ていたこと。


 手を繋いで、お揃いのセーターを着て、ゆっくり歩く姿。「あぁいう夫婦って、いいね」と彼女が呟くと同時に「いいな、あんな夫婦……」と、私が呟く。


 ちょっと驚いて二人で顔を見合わせて。


「お小遣いは半分こして、思い出に持ってよう」

「うん。そうだね」



 私たちはその後ろ姿を

 見えなくなるまで見ていた。


 まだ香港の旅はあるけれど。私たちの一番の思い出は、紛れもなくあのピンクのセーターだった。

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