第41話 痛み
目の前から一瞬で天音が消えた。
それは彼女の能力に由来する現象なのだろう。姿を消す、といった単純な能力ではない。前回の戦いでも、離れた場所にいた天音が一瞬で近付いてきて腕を斬り落とされていた。
——加速か。
スピードが速いという次元を越えるほどの超加速と予想できる。目の前から瞬時に消えたのも、加速して距離を取ったということなのだろう。
とは言え、恐れるほどではない。
楓真の能力は、天音の言う通り自動迎撃である。ただし、どんな方向どんな速度で接近してくる物体であろうと、彼の意志とは関係なく超速度で迎撃する。同時に二つ以上の物に対しては一つずつしか対処できないが、そのとき生まれる隙はごくわずかである。
武器を手放してしまえば、近付いても能力を発動することはできない。ただ、楓真が自ら武器を収めることはないし、彼の手を狙って攻撃しようとしても自動迎撃に阻まれる。
無理に鍔迫り合いに持ち込もうとしても無駄だ。対象にもっともダメージを負わせる方を選択するようで、ナイフで近付けば腕が斬られるし、もっと踏み込めば首や胴を狙うことができる。
時間でも止められない限り、楓真が負傷することはない。
——殺せるものなら殺してみろ。
彼の絶対的な自信は、虚勢などではない。武器と能力、自分の身体能力や戦闘に関する膨大な知識に根ざした確かな自信なのである。
だが、天音が無意味に姿を消したとは思えない。
石を投げて楓真の能力を分析しようとしていたことを考えると、何かを企んでいるはず。取り越し苦労だとは思うが、警戒だけは怠らない。
この敷地は天音の方がよく知っている。無闇に歩くのは避けた方がいいだろう。建物の中は特に危険だ。どんな罠が仕掛けられていてもおかしくないのだ。
その場で天音を待つ。
どのくらい待っただろうか。
建物の中から天音が現れた。上着を脱いで手に持っているが、目は先ほどよりも鋭い。
外へ出てくると、五メートルほど離れた位置で止まる。
——戦う気だな。
覚悟をした者の目である。それも、命を捨てる覚悟ではない。策を練り、勝機を見出した者がする鋭い目だ。
同じような目を何度も見てきた。しかし、そのいずれも楓真の命を脅かす存在とはなり得なかった。彼に近付いたものは、みんなあっけなく死んでしまう。
——天音はどうだ?
楽しませてくれるのか、それとも今回も落胆するのか。
楓真は太刀を構えた。前方からの動きに対応できるよう中段に構える。攻撃にせよ防御にせよ、柔軟に対処できる構えである。
天音が上着を投げる。何かを包んでいるようで、まっすぐ楓真に向かってくる。
先ほどの石の応用であろうか。
——なんてつまらない作戦だ!
心の中で思わず叫んだ。
石など入れて投げて同時攻撃を仕掛けようとしても、自動迎撃が反応するのは天音の体である。上着に包んだ物体も、手の平に乗る程度の大きさしかない。体に当たったところでそれなりの痛みはあるだろうが、相当当たりどころが悪くない限り死ぬことはない。
それとも、頭にでも当たることを願って投げたのだろうか。
どちらにしても、大した戦い方ではない。期待が大きかった分、落胆も大きい。
上着が近付くと、体が反応する。自動迎撃が発動する感覚である。
きっと髪を切って、石のような物を上着で包んだのだろう。
そんなことをしても無駄なのだ。自動迎撃は敵にもっとも効率的にダメージを与えるように、ターゲットを切り替えてくれる。髪の毛よりも肉体だ。
能力が発動し、上着を斬り裂いた。
刹那、胸に痛みが走る。楓真の胸にナイフを突き刺さっていた。
楓真の手から太刀が落ちる。
——なぜだ……なぜ接近できた!?
上着の中から、肌色の物体が出てきた。
それは、女の手であった。よく見ると、天音の左手がない。まさか、自分で切り落としたとでもいうのか。
「……腕を斬られる痛みは体験済みなの……!」
そう言うと、天音はナイフを引き抜いた。
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