第39話 仮説
次に起こる戦いに備えるため天音は学校を休もうかとも思ったが、いつものように登校することにした。周囲に不必要な心配を与えてしまうという理由もあったが、彼女が停止世界に巻き込まれるとしたら、場所は学校になる可能性が高い。ならば、登校して戦場を視察しながら作戦を立てた方がいい。
少し前まで、天音にとって校舎は楽しいものであった。勉強は得意ではないが、学校生活はそれなりに充実していた。友人も多いというわけではないものの、仲のいいクラスメイトは何人かできた。
だが、そんな校舎を今では戦場として見てしまっている。停止世界の戦いに巻き込まれてから、そういう風に見るようになったのだろうか。たぶんそうだとは思うが、確固たる自信はない。
きっと、もうこの見方を変えることができないのだろう。天音にとって、学校は戦う場所であり、生き残るための要塞なのだ。
——それでも戦いはやってくる。
そして、次の戦いは味方はたぶんおらず、楓真との殺し合いになるはずである。
まだ彼の能力に不可解な部分がある。そこがクリアにならなければ、おそらく前回同様に負ける。いや、今度は腕だけでは済まないような気がする。
これまで推測を含めて分かっていることは、楓真の能力は一定範囲内に入った物に対して迎撃をすることであり、そのスピードは天音の目でも捉えることができない、ということである。単純に加速して接近するのは危険だ。スピードに頼ってしまい、前回は結果として腕を斬り落とされてしまった。
彼女の腕に斬られたときの感触が蘇る。
分からないのが、ナイフを前に出していたはずなのに、斬られたのはナイフを持っていた腕なのである。自動で発動するなら、なぜナイフではなかったのか、考えてみても答えは出ない。
ただ、いくつかの仮説は立ててみた。現状ではイメージトレーニングしか出来ず、後は楓真と直接対峙してから試すしかない。
——どのみち不利には変わりない。
もし仮説が外れたなら、天音は負ける。負ければ死ぬ。ひどくシンプルだ。
ビジターのことは考えていなかった。守りながら戦えるような相手ではないから、どこかに隠れてもらうしかないだろう。
バンディットが楓真だけとは限らないが、そんなことまで考えている余裕はない。とにかく警戒しなければならないのは楓真である。
——すべてぶっつけ本番。
作戦を立てるのにも限界がある。どんなにナイフを突き立てる練習をしたとしても、能力を発揮できないから戦闘のシミュレーションにはならない。ちょっとした筋トレにはなるかもしれないが、人殺しの予習としては弱いのだ。
——いつでも来い!
放課後になっても校内を歩き回り、戦いのイメージを続けた。
学校の敷地の中なら、楓真より天音の方が地形を知っている。
二年や三年の教室前で一年が
そんな尋常ではない雰囲気を感じたのか、周囲の生徒たちは目を逸らし、天音から距離を取っていた。
楓真にカフェに誘われてから三日目の夕方、いつものように校舎を歩き回っていた天音を強烈な耳鳴りに襲われた。
——来た!
気持ちが引き締まるとともに、ついに来てしまったという焦りを感じる。いくらシミュレーションをしたからと言っても、実戦ともなれば緊張する。
学校のテストなど、失敗したところで即座に死ぬわけではない。人によっては進路にも関わってくるだろうが、取り返せないということはない。
だが、天音が直面している戦いは、純粋な命の取り合いである。失敗すれば命を落とすが、生き残ったとしても進路になんら影響しない。何人バンディットを殺しても、ご褒美の一つもないのだ。
——それでも、生き残るために戦う。
誰のために戦うわけでもない。自分のために戦う。どんなに泥臭いやり方であっても、死にたくはないから相手を殺す。
耳鳴りが止むと、停止世界に立っていた。
覚悟はできていたと思っていたが、いざ停止世界に放り込まれると心が揺らいでしまう。
戦いのなかった世界に戻りたいと願ってみたところで、停止世界が消えるわけじゃない。
天音は自分の頬を強く叩き、気持ちを入れ替える。
まずはビジターの探索だ。
各教室を探しながら、ふと疑問に思う。
停止世界に入ったらまずビジターの探索、というのは、一体誰が考えついたのだろう。天音は何の疑いもなく実行しているが、自身が考えたものではない。それに、今ふと思いついたことでもない。
仲間がいた記憶はないから、誰かに教わったわけでもなさそうである。それとも、天音が覚えていないだけなのか。まさか死んでしまった仲間なのだろうか。
考えても答えなど出そうにない。
これ以上の思考は戦いの足を引っ張ってしまいそうだから、考えるのを止めた。
学校内にビジターはいなかった。そろそろバンディットもやってくる頃だろう。
ここからは殺し合いになる。シミュレーションはしたが、どうなるかなど分からない。でも、もう戻れない。戦いがすぐそこに迫っているのだ。
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