第38話 温い世界
楓真の人生を思い返すと、それは戦いばかりであった。物心ついた頃から戦い方を教えられ、七歳のときに初めて人を殺した。強いことで評価され、地位を手に入れていった。
武器を使った戦い以外にも格闘術や暗殺術を身に付け、自身の強さを高めていった。そのおかげか、効率よく、そして確実に殺す術ばかりが上達していった。紐が一本あれば、確実に人を殺すことができる。
戦う相手は、よく知らない。どうやら戦争らしかったが、末端の兵士であった楓真には詳しい事情は教えられず、目の前の敵を殲滅することだけを命令され、その命令を遂行できるように祈りながら戦った。
友人と呼べる者もいるにはいたが、成長するに従って次々に死んでいった。訓練の過程で命を落とした者もいれば、戦闘中に楓真の目の前で死んでいった者もいる。
いつ始まったのかも知れず、いつまで続くのかも分からない戦いの最中、世界を巡る戦いにある日突然選ばれた。戦いであれば、やることは大して変わらない。素早く確実に、そして大量に敵を殺す。戦うフィールドが変化しただけで、本質的な部分は今までと同じである。
夜の街を歩いている楓真は、見ず知らずの男たちに呼び止められた。何か因縁をつけてきているようだが、楓真には心当たりがない。
相手は五人。武器を携帯している可能性があるが、身のこなしを見ている限り戦闘能力は多少あるものの、楓真には遠く及ばない。喧嘩自慢が群れて、弱い相手に対して戦いを挑むことで確実な勝利を手にしようとしている人種のように彼の目には映った。
——最低の群れだな。
楓真の世界では、このような卑怯な手段に出る戦士は恥とされている。戦士とは強くて気高い存在だと教えられてきたのだ。決して多数で個人を攻めるようなことはしない。そんな戦い方をするのは、野生の獣だけだ。
しかも、彼らの行為は戦争による戦いではない。己の快楽のために行うもっとも低俗な戦いである。
路地裏に連れ込まれるとすぐに、楓真はグループのリーダー格へ突進し、鼻を殴りつけ、怯んだところを顎を正確に拳を叩き込んだ。振り向いて男たちを見る。頭を潰されたことが意外だったらしく、目の前の状況が理解できていない様子だった。
そのうちの二人が懐からナイフを取り出した。楓真は踏み込み、一気に距離を詰める。一方の手首をひねってナイフを奪うと、もう片方の腕に刃を突き立てる。すぐにナイフを抜くと、刃物を持ち主の太ももに刺して返却した。
残りの二人はもはや戦意を失っており、逃げるため楓真に背を向けていた。走って追い付くと服を掴んで引き戻し、地面に倒れたところにそれぞれ蹴りを見舞った。
二分もかからずに男たちは倒された。このまま生かしておいたら別の獲物を狙うだけだろう。いっそのこと殺してしまおうかとも思ったが、わざわざ手間をかけて殺してやることもないと考え、痛めつけるだけにしておいた。
——
こんな世界にいる人間が、多少なりとも能力を手に入れたからと言って、まともに戦えるはずがない。この男たちを見ても分かる。少なくともこの国は、戦いと無縁な世界なのだ。どこかの国では戦争が行われているようであるが、街を歩く者たちからは戦士としての緊張感や威厳を感じない。
この世界に辿り着いて、最初に落胆した。周りを見ても腑抜けた人間ばかりで、戦いに生きてきた楓真にとっては物足りなさを感じた。
だが、天音を見たとき、それまで感じたことのない感情が芽生えた。ほとんどの人間が平和を貪っているのに、天音には目の奥に獣のような獰猛さを秘めている。
彼女の体つきを見れば、生まれながらの戦士というわけではないだろう。だが、今回の戦いをきっかけに戦士として覚醒しつつあるようにも思えた。
——戦ってみたい。
戦士として刻み込まれた本能が疼く。早く戦いたい。早く殺したい。そんな手強い相手を圧倒して勝ちたい。想像するだけで笑みがこぼれてしまう。
ただ、この戦いの果てに何があるのかは、楓真にもよく分かっていない。この世界を手に入れることができるのか、それとも負けた方が消え去るのか。誰が始めたかも分からないだから、結末を誰にも問うことができない。
——天音と戦えるなら、それでいい。
先のことなど分からない。今はただ、目の前の殺し合いに集中するだけである。そこに戦いがあるから戦う。今までと同じである。
天音の能力は未だ判明していないが、さして問題ではないだろう。一度腕を切り落として反撃に成功しているし、なにより自分の能力に自信がある。負ける予感はしない。
不敵な笑みを浮かべた楓真は、夜の街へと消えていった。
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