第37話 世界の衝突

 料理を食べている間にも楓真に話し掛けたが、「食い物は旨いときに食え」と言われてしまった。

 天音もパンケーキを食べながら、楓真を見る。

 金色の眼をしているが、それ以外は普通の人間と大差ない。別の世界から来ているらしく、どうやら世の中の状況もかなり違っているらしいのだが、見た目の普通さも相まっていまいち想像しにくい。

 戦いだけの世界と言っていたが、目の前でチリドッグを頬張る姿はごく普通である。だからこそ、余計に混乱する。人間らしい外見をしていなければ、もう少し想像が膨らんだかもしれない。

「さて、どこまで話したかな」

 食べ終わった楓真は言った。

「あなたたちの世界は戦いだけ、ってところまで」

「そうだったな」

「この戦いもあなたたちのせいなの?」

 楓真は一瞬言葉に詰まった様子であった。

「さあな。それは知らない」

「知らないって……!」

「俺たちも詳しいことは知らない。ただ、いつの間にか戦いが始まっていた。それが今まで継続している……きっかけを知る者を、少なくとも俺は知らない」

 停止世界の始まった瞬間は、楓真でも分からないらしい。

「しかし、これは想像だが……」彼はアイスコーヒーをかき混ぜながら言う。「この戦いは、世界の生き残りを賭けた戦いなのだ、と思っている」

「生き残り……?」

「例えば……道を歩いている二人の人間がいたとしよう。道ですれ違った二人が、あるきっかけでぶつかりそうになった。しかし、互いに道を譲ろうとしない場合、どうしたらいいと思う?」

「説得……かな?」

「相手が説得に応じそうにないと思ったら?」

「無理矢理にでも通る……」

「それが今の状況なんじゃないか?」

 一瞬、意味が分からなかった。

「今の状況って……どういうことよ?」

「そのままの意味だ。世界がぶつかろうとして、どちらも譲らない。だから戦うんだ」

 世界が戦う。それこそ想像ができない。まるで荒唐無稽なサイエンスフィクションだ。

「そんなこと、あるわけ……」

「あくまで想像だ。俺たちも戦いをコントロールしているわけじゃない。いつ戦いが起こるのか、それは誰にも分からない。ただ、俺たちは戦いに慣れている分だけすぐに対応できる」

「あなたたちがこっちの世界に来ているっていうのも、その影響なの?」

 違う世界の住人だとすれば、天音の世界に来ているのはおかしい。目の前でチリドッグを平らげた楓真は、本来であれば存在してはいけないはずではないのか。

「世界がぶつかり、融合しようとしている。その過程で生まれた歪みが、この現象を引き起こしているのではないか? お前の世界でもあるだろう、不思議な現象が……」

 そう言われて、最初に思い付いたのは手に持っていた手紙である。あれも世界が衝突した結果なのだろうか。

 楓真は続ける。

「この金色の眼にしてもそうだ。俺やお前には金色に見えるようだが、他のやつらには見えないらしい」

「でも、他の敵はそんな眼をしていなかった……」

「それは俺だからだろう。今は俺だけがこちらの世界へ来ている。それを区別するためのものじゃないか?」

「じゃあ、今後あなたみたいな金色の眼の人が増えるってこと?」

「そうなるな」

 これも停止世界の戦いのせいだろうか。それが良いことなのか悪いことなのかの判断もつかない。

「じゃあ、あなたたちがこちらの仲間をフリをして接近しているのも、その影響なの?」

「そうだよ、俺が考えたんだ。なかなかいい作戦だっただろ?」

 少女に自爆させることのどこが「いい作戦」なのか。

 それでも、怒りはさほど湧いてこない。誰かがその作戦に巻き込まれた、と言うことは覚えているが、誰が巻き込まれたのかを覚えていない。ひどいことを考える、という怒りでしかない。

「世界は変わり続けている。俺たちだってその変化に合わせていかなければならない」

「何が言いたいの?」

「取り残されれば死ぬ。俺たち個人も、そして世界も」

 一度にいろんなことを聞かされて、ひどく混乱している。世界がどうのとか、実際のところは分からない。

 世界の運命なんて知らない。そんな運命を背負った覚えもない。

 それでも、天音は戦う決意をした。理由は、自分が生き残りたいから、と言う単純なものであった。


 楓真に会計を任せて先にカフェを出てると、外は暗くなっていた。

 本当に彼の奢りだったようで、後から楓真が出てくる。

 気を許してはいけない。彼は敵であることには変わりないのだ。

 そう思って、天音は距離を取る。

「そう言えば……」

 不意に楓真が言う。

「お前の名前、聞いていなかったな」

「え……?」

「名前だよ。お前のことは何て呼べばいいんだ?」

「別に教える必要はないでしょ?」

「でも、何かと不便だろ」

「お前、でいいじゃない、呼び方なんて」

「パンケーキセット、奢ってやっただろ?」

 恩を売るために奢ったのだろうか。嫌な男である。

「……天音よ」

「天音か……良い名前だな。それによく見ると良い女だ……敵じゃなかったら、俺の女にしてやったんだが」


 ——俺の女に


 その言い方に無性に腹が立った。

 拳を握り締め、殴ってやりたいとも思ったが、そんなことをしたくらいじゃ気が晴れそうにない。

「残念、あなたのこと振ってあげたかったのに」

 決着を付けるのは今じゃない。

「次に会うときは、殺し合うときだな」

「そうね」

「できるだけ苦しまずに殺してやる」

「私はできるだけ苦しませてから殺してあげる」

 楓真は満足そうに微笑むと、その場を立ち去っていった。

 彼の背中が見えなくなるまで、天音はカフェの前から動くことができなかった。別れの名残惜しさは微塵もなく、どうやってあの男にナイフを突き立てるかということばかり思い描いていた。

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