第六章 対決

第36話 不意の出会い

 放課後まで過ごしたが、手紙の差出人の記憶も、どうして美術室へ行ったのかという理由も、ついに思い出すことはできなかった。

 それよりも天音が気になっていたのは、楓真と名乗ったバンディットのことである。彼の能力が未だに理解できない。

 天音は戦いでナイフを前に突き出した。自動で発動する能力であれば、先にナイフが弾かれたはずである。なのに、斬られたのは天音の腕であった。

 思い出す度に、斬られた痛みがズキズキと蘇る。現実世界に戻ったから傷は治っているはずなのだが、痛みの記憶ははっきりと残っていた。斬られた痛みも、腕が失われた絶望感も脳裏に焼き付いている。


 ——あんなやつに勝てるの?


 思い出すのも恐ろしい、圧倒的な強さのバンディットだった。

 一人で戦って勝てる相手だとも思えないが、今の天音には仲間がいない。かつて仲間がいたのかさえ覚えていない。今から仲間を集めるとしたら、ビジターに頼るしかないが、かと言ってビジターがいてもすぐに戦力になってくれるわけじゃない。


 ——確実に勝てる方法を探さないと。


 停止世界でしか能力を使えないから、頭の中でシミュレーションするしかない。だが、それにも限界がある。どうしてもある程度はぶっつけ本番にならざるを得ない。

 天音は考えながら帰ることにした。


 ——できるだけ有利な場所で戦うには……


 俯きながら歩いていると、誰かとぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい……!」

 急いで顔を上げた天音の動きは、思わず止まる。

「あ、あんたは……!」

 金色の眼をした男・楓真であった。

「何か考え事か?」

 彼は何事もないようにそう言った。

 忘れもしない。この男に腕を斬られたのだ。

「ええ……あなたを殺すための方法を考えてたの」

「考えついたか?」

「仮に結論にたどり着いたとしても、それをわざわざあなたに教えると思う?」

「それはそうだな」

 彼は笑った。心の底から笑ってない。渇いた笑いである。

 余裕があるのか、それとも緊迫感がないのか。いまいち楓真という人物が掴めない。

 彼の次の言葉は天音の予想しないものであった。

「ちょっと付き合え」

「はぁ? 付き合うって……」

「どうせ暇だろう?」

 腕を引っ張られ、天音は学校近くのカフェへと連れ込まれた。


 なるべく目立たないように、隅の席へ座る。

 楓真は席に着くなりメニューを広げていて、顔が隠れているためどんな表情をしているのか分からない。

 仮にも敵同士である。カフェに誘う神経も分からないが、メニューに集中する神経も分からない。もし、奏がナイフを持っていたら、楓真を刺すことだってできるのだ。彼の行動は、敵の目の前にしている割には無防備すぎる。


 ——今なら殺せるかもしれない。


 ペンケースの中にカッターが入っていることを思い出した。

 カッターと言えども、斬る場所さえ的確なら致命傷になる。彼はメニューに夢中で天音を見ていない。

 音を立てないように、バッグの中に手を入れてペンケースを探る。

「……止めておいた方がいい」

 突然、楓真が言った。

「ここで俺を刺してもお前が捕まるだけだ。若いのに、殺人で捕まりたくはないだろう?」

 まるでメニュー表を透かしてこちらを見ているようだ。

 ゆっくり手を戻す。

「そう、それでいい」

「……あなた、何を考えてるの?」

「何を考えているのか……腹が減ったから何か食べたいとは思っているが……」

「そうじゃなくて……!」

 本当に何を考えているのか分からず、振り回されっぱなしだ。ペースが乱される。

「お前も何か注文しろ。気にするな……金ならある」

 ただ奢るために誘ったとでも言うのだろうか。ますます分からなくなってくる。

 それでも、この場を立ち去ることができなかった。

 彼には聞きたいことがある。

 天音はコーヒーとミックスベリーのパンケーキセットを、楓真はアイスコーヒーとチリドッグを注文した。

「さて……いろいろ聞きたいことがあるだろう?」

「あなたは何者なの?」

 真っ先に思い浮かぶ疑問である。

「それは難しい質問だな……自分が何者なのか、それを一言で言うのは難しい。だが、これだけは言える。俺は戦士だ」

 戦士。天音が普段過ごしている生活の中には、なかなか出てこない単語である。

「戦士と言っても、お前たちには理解しにくいだろうな」楓真が言う。「この世界を見れば分かる。お前たちの世界はぬるま湯のようだ。浸かっていれば心地いいが、それ故に湯から出たときに慣れすぎてしまって、体も神経も鈍る」

「じゃあ、あなたの世界は何なの?」

「戦いだけの世界だ」

 それは天音には想像もできない世界であった。

「戦いだけって……」

「言葉通りの意味だ。戦い、殺し合いばかりの世界でそれが生き甲斐であり、強い者だけが賞賛され、弱い者は淘汰される」

「私たちの世界と違うところからきたのね……でも、なぜこの世界に来るの?」

 天音の問いを聞いて、楓真は笑った。

「何がおかしいの……?」

「いや、気楽なものだと思ってな」

 注文した物が来たので、会話はいったん中断された。

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