第34話 死ねない理由
剣の達人ともなれば、飛来する矢を刀で落とすことができると言う。ただし、それは偶然できるようなものではなく、長年の鍛錬がなせる技である。
前方から迫ってくる矢を落とす動きであっても、至難の業である。ましてや、背後から飛来する矢に対してアクションをとることは不可能に近い。
そんな考えられない状況が楓真に起こっているのを、斗亜は見ていた。
奏の一撃で勝負が付けばそれでいい。仮に避けられたりしても、彼女が反撃を受けることがない。おまけに、冬矢と斗亜で追撃をかけられる。
圧倒的に有利な状況である。
——このまま終わるか。
戦いの先を予想できたという安心から、少しだけ気を緩めたときであった。
パキンッという音を立てて、矢は楓真に当たることなく地面に落ちた。まさに命中しようとしたそのときに、急激に矢の軌道が変わった。まるで叩き落とされたようであった。
——見えていないはずなのに!?
背後に迫る矢を見ることなく落とすことなど、不可能と言っても過言ではない。
しかも、いつどうやって対処したのかも見えなかった。単純に素早いと言うレベルを遙かに越えている速度である。矢に対して、何らかのリアクションをしたという感じがない。
『天音、今の見えた?』
もし、その速度を見ることができる者がいるとすれば、天音である。
『ううん、見えなかった』
『見えなかったって……』
『本当に見えないの……矢を落としている姿がないみたいなの!』
それは楓真の能力によってもたらされた現象だろう。
「後ろからとは、なかなか卑怯だな……」
楓真にまったく慌てた様子がない。
「でも、いいぞ……戦いは卑怯なくらいがちょうどいい。正々堂々とするスポーツとは違うからなぁ」
まるで殺し合いを楽しんでいるようだ。殺し合いをしたくてたまらないと言うように、目が爛々としている。
奏の攻撃でスイッチが入ったのか、楓真が歩き出す。
『まずい! こっちも仕掛けるぞ!』
冬矢の声に、斗亜も反応する。
心拍数が一気に上がり、体中の細胞が戦闘状態に入ったことを告げていた。
『僕は足下を狙います!』
『俺は上段から!』
『もう一度射るわ!』
三人の声が聞こえる。
背後の矢は防げるかもしれないが、三人が同時に攻撃を仕掛けたれば、いかなる達人であろうと無傷では済まないはずだ。誰かの攻撃が当たれば、それで戦いは終わる。死ななければ、たとえ重傷を負っても構わない。
それに、斗亜には今ここで死ぬわけにはいかない理由がある。
生きて帰って、天音から返事を聞かなければならない。いや、すぐに返事をしてくれるかどうかも分からないが、生き残らなければ返事どころではない。
ロストがこれほど恐ろしいと感じたことはない。
——必ず生きて帰る!
『如月、行くぞ!』
『はい!』
冬矢の掛け声で、斗亜は走り出した。
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