第33話 奇襲

 遠くで銃声が聞こえていたので心配だったが、奏の声を聞いて冬矢は安堵した。

 彼女が無事であったことで、計画していた同時攻撃を実行できる。今のところ他のバンディットも確認できていないから、それが無事に終われば停止世界から解放されるだろう。


 ——でも、この不安感は何だ?


 楓真は臆することなく対峙しているが、どうにも緊張感がない。

「この戦いは、もう長いのか?」

「ここはどんな建物なんだ?」

「剣術はどこかで習っていたのか?」

 など、世間話のようなことばかりを言っていた。

 これから殺し合うという緊迫感は感じられない。

 ふざけているのか、とも思ったが、銃声が止んだと分かると楓真の顔から笑みが消えた。

「……死んだな」

 楓真の本性が垣間見えた気がするほど、冷酷に言い放った。

「そうらしい……あとはあんただけってことだな」

 相手の様子を窺うために、冬矢は言った。

「ああ、だが問題ない」

「いいのかい? 仲間はいないって俺たちに教えちゃって」

「教えたところで……勝敗は覆ることはない」

「へえ、自信あるんだな」

「自信がなくて、こんなお喋りはしないだろ?」


 話しているうちに、楓真の雰囲気が変わってくるのを感じた。

 殺し合いをしようとする者の殺気を体中から放っている。さっきまで世話話をしていた同じ人間とは思えない。

「今すぐ殺し合うか? それとも仲間が来るまで待つか?」

 そう言いながら、楓真はじりじりと距離を詰めてくる。


 ——まだだ……もう少し……!


「そうだな……少し待たせてもらおうか……」

 まだ奏が到着していない。

 それでも、楓真が戦う気で一気に迫ってきたら、戦わざるを得ないだろう。だからといって、不安になる必要はない。こちらには斗亜もいるし、天音も後ろに控えている。

 楓真の妙な自信が、冬矢の不安を掻き立てる。理性ではなく、本能が警戒していた。


 詰め寄ってくる楓真に押される形で、三人は校庭まで後退していった。

 狙撃手がいないのであれば、校庭に出ても狙われる心配はない。それよりも奏が狙いやすいように視界を遮る物の少ない場所に行った方が都合がいい。

 楓真は地面を爪先で蹴りながら、校庭の砂の感じを確認している。彼もこの場所で決着を付けようとしているのを察したのだろう。

「さっきの地面よりは踏ん張りが効かないが……まあ悪くはない」

 独り言のように呟く。

「そろそろ終わりしたいよな」

 冬矢は打刀を構える。隣で斗亜が大地を踏みしめる音が聞こえる。

「終わる? いや、終わらんよ。この戦いは続く」

 そう言うと、楓真は太刀を下段に構えている。いや、構えるというより持っているという感じだろうか。


 すると、楓真の背後の民家の屋根に奏を見つけた。一〇〇メートルほど離れているだろうか。ロングボウの射程内だ。

『まだ引き付けておいて! こっちに気付いていないみたいだから、私だけで奇襲を掛けてみる!』

『頼む!』

 打刀を握り直す。

「歩き回るのも飽きただろ……ここで決着を付けようか」

 冬矢の言葉に合わせて、斗亜も一歩前に出る。

 だが、楓真は不敵な笑みを浮かべている。

「それは良かった……退屈していたところなんだ。早くやろう……殺し合いを……!」

 奏の矢が放たれた。発射時の音は聞こえず、空気を切り裂く小さな音だけを立てて、楓真の背中を捉えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る