第32話 弓と銃
住宅地を走り抜けながら、奏は狙撃手の位置を探っていた。相手も連射ができないようで射撃は単発、決して無駄弾は撃ってこない。だとすれば、狙い澄ました一発を放ってくるから、できるだけ見つからないようにしなければならない。
また、威力が違うのも問題だ。
対物ライフルは、人間に対するものではない。コンクリートすらも破壊でき、弾丸によっては兵員輸送車の装甲さえ貫通するおそるべき武器なのである。人間の手足にでも当たれば、骨は砕けて肉は吹き飛んでしまうだろうし、胴体を撃たれれば複数の臓器が跡形もなく消えてしまう。連射ができない分、一撃で容易に命を奪える。
一方、奏の武器であるロングボウではそうはいかない。対物ライフルと比べると、急所を正確に射抜かなければ致命傷になりにくい。手足に矢が刺さっても、激しい痛みはあるが命を落とすのには時間を要する。
屋上から見たバンディットの位置は、もはやあてにならない。狙撃ポイントが敵に見つかったのに、一ヶ所に留まっているほど愚かではないだろう。
——次はどこから撃ってくる?
民家の壁に隠れ、進行方向を覗き込む。横には軽自動車が停まっており、身を隠すにはちょうどいい場所である。
弓矢と銃の違いは威力や射程の他に、攻撃時の音にある。対物ライフルの場合発射音が大きく、それを隠すのは困難である。弓矢の場合は銃声よりも遙かに静かに攻撃することができる。
また、奏が勝っている点と言えば、小回りが利くことも考えられる。対物ライフルは大型で、持ったまま移動するのは苦労する。接近してからの初撃さえ避けてしまえば、勝機が生まれる。
——勝っているとしたら、その二点くらいね。
自ずと立ち回りは見つからないように動き、バンディットの意表を突いて殺すというものになる。真っ正面から撃ち合っても勝ち目はない。接敵してしまえば、動きの遅い相手を追う形に持ち込めるだろう。
そうと決まれば、バンディットの位置を知ることが重要だ。闇雲に走っても効率が悪い。
早く倒して戻らなければならない。今も冬矢たちに向かって金色の眼の男が近付いているのだ。
そのとき、何かが光った。この停止世界で動いているのは、奏の仲間かバンディットである。だが、彼女の仲間は学校にいる。
とっさに走り出した。
今隠れているのはブロック塀である。身を隠すことはできても、対物ライフルの盾にはなってくれない。
向かいの家の敷地へ入ったとき、射撃音とともに奏の背後で爆発が起こり、爆風で玄関まで吹き飛ばされた。起き上がりながら振り向くと、停めてあった車が燃えていた。
——燃えたのは車だけ?
通常の徹甲弾で撃ち抜かれただけで、車が燃えるはずがない。おそらく弾丸は燃焼する徹甲焼夷弾であろう。
だが、ついさっきまで奏が身を潜めていたブロック塀は破壊されておらず、車だけが燃えていたのである。発射された弾丸が急激に曲がるはずがない。
——弾丸の軌道を曲げる能力!?
ならば、隠れるのもそれほど意味はない。
連射が可能になる能力であったり、銃の種類を自由に交換できる能力であれば、ある程度距離を置いた方がいいが、相手が連射できないなら、こちらから向かっていった方が安全ではないだろうか。
深く考えている時間はなかった。分の悪い賭けではあるが、勝算がないわけではない。
一瞬光った方向へ向かって、路地を走り出した。
——排莢、装填……今!
心の中でタイミングをはかって、横に移動する。銃声がして、今まで奏がいたところを高速で弾丸が通過していくのが分かった。
だが、その射撃によってバンディットの居場所が判明した。
——距離は一〇〇メートル先!
民家の窓からこちらを狙っているバンディットがいた。奏と同年代の女性が慌てた顔をして、対物ライフルの排莢を行っている。
——この距離は私の距離!
ロングボウを出現させ、素早くつがえた矢を放つ。奏の放ったは、装填を終えてバンディットが覗いていたスコープを貫通し、女の頭部を貫いた。
『こっちは片付いたわ。そっちへ今すぐ向かう!』
奏は学校へ向かって走り出す。
きっと仲間たちは自分の到着まで持ちこたえてくれるはず、と信じるしかなかった。
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