第31話 楓真
ビジターの探索を終え、冬矢は昇降口前へとやってきた。
天音たちがやってくる前に、周囲を警戒しておかなければならない。戦い慣れた学校という土地であったが、いざやってみると見るべきところが多過ぎて困惑する。これまでは奏に俯瞰で見てもらっていたからこそ、正しく動けていたのである。
——目がなくなった途端この有様ではいけない。
自らの不安を打ち消すように、気持ちを引き締める。
後輩を引っ張って戦わなければならないというのに、始まる前から弱気では勝てるものも勝てなくなってしまう。気持ちが乱れれば、決断が鈍る。わずかな決断の遅れは死に繋がりかねない。
先に斗亜が合流し、やや遅れて天音も到着した。誰も連れてこなかったから、ビジターはいなかったようだ。
今回ばかりは、ビジターがいることが不利になる。バンディットに先手を取られている現状であり、冬矢たちに他人を守っている余裕がない。
「最初の打ち合わせ通り、俺と如月が前に出て、香坂は少し後ろだ」
「大原先輩は……?」
斗亜が聞いてきた。当初の予定では、三人で同時に攻撃を仕掛けるはずである。
「状況によるな……時間稼ぎをして奏が到着するのを待ってもいいが、場合によってはこのまま決着をつける」
「分かりました」
彼は覚悟を決めたように、拳を握り締めた。
もしかしたら、この戦いでどちらかが命を落とすかもしれない、というのは、斗亜も感じているのだろう。特に肉弾戦を仕掛けなければならない斗亜の危険度は、冬矢とは比較にならない。
とは言っても、緊張し過ぎているような気がした。
天音が後ろへ下がる。
「おい、如月」冬矢は小声で言う。「うまくいったのか?」
「え、何がですか?」
「何がって、ちゃんと伝えられたのかって」
「い、今そんなこと聞いてる場合ですか……!?」
斗亜が照れているのが分かったが、天音の手前だから必死に隠そうとしている。
「今だから聞くんだろ? 緊張し過ぎて堅くなっている」
「いや、だからって……」
「で、どうなんだ?」
もごもごと口を動かしていたが、やがて斗亜は口を開いた。
「手紙を……渡しました」
「おい、手紙って……」
「僕たち、死んだら相手に言った言葉も消えてしまう。仮にこの戦いで死んだとしても、手紙が残ってくれるかもしれないって、そう思ったので……」
言葉で言った方がすぐに返事も聞けるからいいだろう、と冬矢は思っていたが、彼は彼なりに考えた末に手紙で想いを伝える選択をしたのだろう。
「じゃあ、返事を聞くまで死ねないな」
「ええ、そうです……」
「生きて帰るぞ」
「はい……!」
すると、目の前に男が現れた。まるで遅刻した学生がゆっくり登校しているように自然に歩いてくるのが、逆に異質な感じを覚えた。それは停止世界だからなのか、相手がバンディットだと知っているからなのか。
「少しずつ下がるぞ……あいつから目を逸らすな」
少しずつ後退る。
スナイパーを相手にしている奏が到着するまで待った方がいいだろう。なるべく時間を稼ぐ。
「時間稼ぎか?」
男が言った。
「別に構わない……気が済むまで待てよ」
——挑発か?
意図的に冷静さを奪おうとするのは、戦いの常套手段である。
しかし、単純な挑発とは違う気がする。作戦ではなく、異様なまでの自信を持っているのだ。
「そりゃ助かる……こっちも一人待ち合わせに遅れていてな」
構えを解かず、冬矢は話す。
今までの敵はみんな無言で戦っていたが、話し掛けてきたのは初めてである。
——何を考えている?
相手の意図を探ろうとしている冬矢に対して、男は予想外の言葉を放った。
「
「ふ、ふうま?」
「ん? お前たちは話すときには、まず名乗るんじゃないのか?」
これから殺し合いをすると言うのに、楓真と名乗った男は呑気に自分の名前を告げた。
「ああ、名乗るけどな……殺し合いをするときは別だ」
「そうだったか。覚えておこう」
楓真が虚空から出したのは九〇センチの太刀であった。
その長さは思った以上に長く、威圧感を覚える。自分の見慣れた打刀が、今はやけに小さく感じる。
だが、武器の長さだけで勝敗は決まらない。実力や度胸、運などの要素が複雑に絡み合って、初めて勝負が決する。
——どう考えても、こちらが勝っている。
武器が長いことと能力が判明していないことが楓真の勝っている点ではあるが、仲間の数や地の利で大きく劣っていると判断できる。この劣勢を覆すのは、相当な実力差がないと不可能である。
なのに、楓真の自信は一体どこから湧いて出てくるのだろう。単なる強がりなのか、それとも策があるのか。
それに、あの金色の眼が不吉な感じがする。あの眼で見られると、優勢だと考えている冬矢の自信が揺らいでしまう。
ゆっくりと下がりながら、奏の到着を待つ。
——頼む、奏。無事でいてくれ。
一心にそう願い、後退していった。
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