第五章 仲間

第30話 対物ライフル

 斗亜の告白がうまくいったかどうかも気になったが、今はとにかく目の前の戦いを終わらせなければいけない。戦い以外の余計なことは、一旦忘れてしまわなければならない。

 仲間にビジターの探索の指示を出すと、奏は屋上へと向かった。本来であれば生徒が入れないように鍵がかかっているのだが、戦いを有利に進めるためにスペアの鍵を隠してあるから、屋上に入ることができる。

 学校の周辺は住宅地のため、屋上に上がってしまえば遠くまで見渡せる。


 ——さあ、どこから来る?


 あらゆる場所からやってくることを想定しながらも、バンディットに狙撃ができる敵がいることも警戒しなければならない。

 ビジターの頭部を正確に狙ったということは、スナイパーはかなりの腕前である。撃つなら頭よりも胴体の方が的が大きく、充分なダメージを与えられる。射程もロングボウの比ではない。

 ようやくバンディットの姿を見つけることができたが、男が一人だけであった。金色の眼をしている。天音が会ったというのは、彼に違いない。『奏よ。一人見つけた……金色の眼の男。西側から歩いてくる』


 ——他はどこに?


 姿勢を低くした。あまり長い時間経っていれば、狙撃の的になってしまう。

『冬矢だ。狙撃してくるやつはいたか?』

『見えないの。たぶんどこかに隠れていると思う』

 きっと一番いい狙撃ポイントを探しているのだろう。バンディットの能力すら分かっていないのだから、場所の特定とともに推測もしていかなければならない。

 また、新しいバンディットの有無も確認できていない。


 ——結局、指示役としての仕事をこなせていない。


 バンディットの数と武器を見極めることが奏に課せられた任務であるが、そのほとんどが中途半端である。

 もう少し見なくては、と思って立ち上がると同時に鷹の目を発動する。

 どこから狙ってきてもおかしくはない。屋根の上、曲がり角、建物の隙間、学校から直線で狙える場所のどこかに潜んでいるはずだ。

 細かい部分も見ようとしたときであった。家と家のわずかな隙間に何かがあることを見つけた。

 銃口が奏を狙っていた。黒くて大きな銃口である。一瞬見ただけでは、銃口を分からないほど大きい。

 転ぶようにして、奏は床へと伏せた。銃の弾速は音速を遙かに越える。銃口から発射された弾丸は音よりも早く、彼女の背後にあったコンクリートの壁を破壊した。

『南側に狙撃銃も発見! 武器は対物ライフル!』

 対物ライフルはその名の通り、人体より硬い物を対象とした大口径の狙撃銃である。その威力はコンクリートの壁さえ貫通する弾丸を発射してくる。コンクリート越しに隠れたところでまったくの無駄である。被弾のリスクを回避するには、見つからないようにしなければならない。

 距離は一キロほどは離れているだろうか。このまま屋上にいても一方的に攻撃されてしまうだけだ。

『これから下に降りてスナイパーを倒しに行くわ』

 危険はあるが、こちらから動くしかない。

『……分かった、気を付けてくれ』

 冬矢の不安そうな声が聞こえる。

『大丈夫……無茶はしない……』

『こっちは任せておけ』

『ありがとう。バンディットも二人以外にいるかもしれないから、注意して』

 姿勢を低くしたまま、奏は屋上を後にした。


 彼女も自信があるわけではない。できるなら、停止世界が終わるまでどこかで身を潜めてやり過ごしたい、と毎回思っている。

 しかし、今の奏は正確に偵察し、状況を仲間に知らせなければならない。遠距離武器を持ち、遠方を見ることのできる能力を持ってしまった宿命と言える。

 頭上を弾丸が掠める。

 圧倒的な威力である。人間の体に当たれば銃創どころではなく、大きく損傷するだろう。

 膝が震える。逃げたい、と奏の体が訴えている。

「でも、できないのよ……逃げるなんて!」

 言うことを聞かない膝を強く叩き、奏は階段を駆け下りていった。

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