第29話 慣れない手紙

 いずれ死ぬかもしれない身であれば、悔いのないように生きるべきだろうか。

 斗亜はそう思いながら、自室の机に向かっていた。


 考えるのは天音のことである。

 いつの間にか好きになっていた。それに気付いたのは中学生活も三年目の後半であった。だが、今までずっと同級生として接してきた天音に対して急に態度を変えるのは照れ臭さもあり、逆にうまく話せなくなってしまった。

 高校に入ってからは別のクラスになってしまったが、入学早々に停止世界に巻き込まれたことで、恋愛どころではなくなってしまった。半分諦めていたとき、天音も戦いに参加するようになった。

 嬉しくもあったが、悲しい運命だとも思った。天音もいつ終わるともしれない戦いを強いられるのだ。

 余計に恋愛どころではないだろう、と思っていたが、冬矢の言葉で気付かされた。死ぬ前に後悔だけはしたくない。


 そこで悩むのが伝え方である。

 言葉で伝えてしまうと、もし停止世界で死んでしまったときに忘れてしまうかもしれない。もちろん生き残ればいいのだが、絶対に生き残れる保証などどこにもない。だから、何か形に残る物で天音に渡すことができれば、万が一斗亜が死んでしまってもそれが残ってくれるかもしれない。

 少し前に美術室にあったマグカップのように、ロストしたとしても残ってくれる可能性がある。

 淡い期待を抱いて、机から薄紫色の便箋を取り出した。この便箋も、中学のときに天音に手紙を書こうとして恥ずかしさのあまり断念した物である。


 ——まさかこんな使い方をするとは。


 さて書こうか、と考えてペンを取ってみるも、手紙の書き方がいまいち分からない。「前略 香坂天音様」だろうか。いや、それは何でもないだろう。「拝啓」でもないし、「久しぶり」でもない。かと言って、いきなり本題に入るのもおかしい気がする。

 それにきれいな文字を書こうとして、余計に手が震えてしまう。手紙は字でしか表現できないから、汚い文字ではそれだけでマイナスのイメージを与えてしまうだろう。

 緊張からか喉が異常に渇く。二リットルのペットボトルに入っているお茶は、みるみるうちに減っていく。

 書いては捨てを繰り返し、それなりに形になったときには日付が変わっていた。

 変なところがないか確認するために読み返してみたけど、あまりに恥ずかしすぎて誤字脱字のチェックに留めた。

 書き上げた興奮からか、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。渡すとしたら早い方がいいだろう。だとすれば、渡すなら明日である。

 どうやって手渡したらいいか、何て言って呼び出そうかなど、考えれば考えるほど眠れなくなってしまったが、知らない間に寝ていたようで、気付いたら朝になっていた。


 登校中に天音に会ったが、いつもと違って緊張で余所余所しい感じを与えてしまったかもしれない。短い登校時間中に「どうしたの?」と何度も問われてしまい、そのいずれもうまく返すことができなかった。

 シミュレーションでは、昼休みに呼び出そうと思っていたのだが、登校中に会うのは想定外であった。戦闘のシミュレーションなら慣れているが、こういった状況のシミュレーションは今までしたことがない。

 そして、終始ぎこちないまま、学校へと着いた。

「なあ……昼休み、空いてる?」

 斗亜なりに考えに考えた言葉を言う。

「ひ、昼休み……うん、空いてるけど」

「なら、ちょっと時間くれない?」

「え、あ……うん、いいよ」

 何かを察したのか、天音の返答もややぎこちなかった。

 しかし、もう口から出てしまった言葉は元には戻せない。

「じゃあ、昼休みに美術室で」

 そう言って、急いで自分のクラスへ向かった。顔が熱くなり、真っ赤になっていることに気付いてしまったのだ。


 * * * * *


 斗亜に呼び出されるがままに、天音は昼休みになるとそそくさと美術室へ向かった。窓からは陽が差し込み、外からは休み時間の楽しそうな声が聞こえてくる。

 昨日の奏の話を聞いたからなのか、斗亜を変に意識してしまっている。

 それまで、彼のことはクラスメイトか幼馴染くらいにいしか思っていなかった。中学時代は勉強でも特別秀でているわけでもなく、運動においても目立つ存在ではなかったのに、高校に入ってからであった彼は停止世界で頼りになる存在である。

 何より、停止世界のことを打ち明けられるのは安心できる。殺し合いの苦労など、普通の人には話せないし、理解もしてもらえないだろう。


 ——斗亜なら。


 そう思って恥ずかしくなった。斗亜に呼び出されたのだって、次の戦いの作戦を練るためかもしれないのだ。告白されるとは限らない。

 だが、登校時の様子を見ると、いつもの彼とは違っていた。


 ——まさか……まさかね。


 仮に告白だとすれば、何て返事をすればいいのだろう。

 断るほどでもないし、無条件に受けるには心の準備が足りない。

 そう思案し続けていると美術室の扉が開き、斗亜が現れた。

 意識してしまって、いつものように見ることができない。彼も同じように目を背けている。

「と、斗亜……あの……!」

 天音が話しかけようとしたとき、斗亜から封筒を渡された。

「どうやって言おうかって思ってたけど、僕たちはいつ消えてしまうか分からないから、手紙の方がいいかなって思って……」


 刹那、強烈な耳鳴りがしてきた。

 気が付くと、外から聞こえていた楽しそうな声は聞こえなくなっており、停止世界にいることを実感した。

 手の中にあったはずの手紙は消え去り、その代わりに斗亜と手が触れ合っていたことに気付き、互いに慌てて手を離した。

「手紙さ……戦いが終わったら読んでおいて。返事はすぐじゃなくていいから……いや、できれば早めに知りたいけど、いつかそのうち、聞かせて欲しい」

「う、うん……」

 これは告白だと思っていいのだろうか。だとすれば、男子から告白されるのは初めてである。

 いや、そもそも告白と決まったわけじゃない。まだ手紙の内容を見ていないのだ。早とちりして変に意識したことで、チームワークが乱れては困る。


 ——一度戦いに集中しなきゃ。


 天音は冷静さを取り戻すように、思考を戦闘用へと移行させる。

 きっとみんな生きて帰ってくる。そうしたら手紙を読んで、自分の気持ちをはっきりさせた後に返事をさせればいい。

「まずはビジターの探索、だね」

 自分にも言い聞かせるように、天音は言った。

「そうだね……生きて、また美術室で」

 そう言うと、斗亜はジェットブーツを噴かして、窓から外へと飛び出した。

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