第28話 二人の気持ち
休みが明けても、冬矢の考えることは停止世界での戦いのことであった。戦闘のシミュレーションはしておくに越したことはない。特に彼のような近接戦闘が一撃で決着がついてしまう武器と能力を持った者にとっては、事前の準備の有無は結果を大きく左右する。
斗亜の話では、金色の眼をした男の武器は刃の長さが九〇センチはあろうかという
——真っ正面からぶつかっていくのは危険だろうな。
相手の能力が分からない以上、無闇に近付いてはいけない。
美術室でも同じ話題になった。
そこで冬矢が考え出したのは、同時攻撃である。
「俺と奏、斗亜の三人による同時攻撃で確実に仕留めた方が確実でいいだろう。三人なら連携を取るのにも慣れている」
彼の意見にまず賛成したのは奏であった。
「そうね、三人で戦えばまず負けないでしょうね。仮にバンディットの能力を使われたとしても、簡単に覆せる状況ではないから」
そこまで聞いて、天音が口を挟んだ。
「じゃあ、私は何をすればいいのでしょう?」
「加速能力でバンディットの能力を見極めて欲しい」
それが冬矢が考えた結論であった。
「初撃で倒せたならそれでいいが、もし失敗したときに相手の能力を把握しておく必要がある。どんなに素早い能力であっても、きっと捉えられるだろうからね」
「でも、そんな大役が務まるでしょうか……」
本人は謙遜しているが、天音の能力が役に立つのは誰もが知っている。攻撃にも防御にも使え、そこに彼女の賢さが加わることで無敵の能力となる。
——きっと彼女ならやってくれる。
自信がある。このチームは良いチームだ。攻守のバランスにも優れ、それぞれに戦闘能力が高く、みんなの精神も安定している。
戦闘面において心配はないだろう。しかし、冬矢には一つ気掛かりなことがあった。
帰る間際に斗亜を呼び止め、一緒に下校したときである。
「なあ、彼女に気持ちは告げたのか?」
斗亜へ単刀直入に聞いた。
「え、何ですか……?」
「いや、何ですかじゃなくてさ、香坂にちゃんと言ったのかって」
普段はどこか冷めているような斗亜であったが、明らかに狼狽していた。
「その様子じゃ、まだみたいだな」
「別にそれはいいじゃないですか。タイミングとかもありますし」
いつもと違う斗亜の様子は新鮮でおもしろかったが、今はからかうのが目的ではない。
「俺たちはさ、いつ死ぬかも分からないんだ。できるなら早めに言っておいた方がいい」
「そりゃそうですけど……」
「特にこの戦いは、死んだら忘れられる。死んだら思い出にも残らないんだ……だから生きてる時間を無駄にするなよ」
「そう……ですよね……」
告白する決意でも固めているのか、彼は何かを考えているようだ。
「この戦いはつらいことばっかりで、誰からも感謝されないし、存在さえも認識してもらえない。そういうときに、何でも打ち明けられる相手がいるっていうのはいいもんだ」
「大原先輩……ですか?」
「ん……まあ、そうだ」
「やっぱり……そういう人がいると……違うんでしょうか? 違うって言うのは……何て言うか……」
彼が必死に言葉を選んでいるのが分かる。
「これは俺の経験なんだが……男ってのは守る物や人ができると強くなれる単純な生き物なんだと思う……生き残るためにも、守りたい人を確保しておけ」
「確保、ですか……?」
「香坂は美人だから、早くしないと他の男に取られるぞ」
——このくらい発破をかければいいだろう。
いつまで生きられるか分からないからこそ、生きているうちに悔いのないように過ごしてもらいたい。
それは奏に何度も救われた冬矢だからこそ実感するのである。
* * * * *
考えてみれば、奏は天音と帰るのは初めてだと気付く。
二人のときはどんな話をすればいいのだろう、と天音が探っているような感じがした。
だが、先に声を掛けたのは奏である。
「香坂さんは恋人いるの?」
ストレート過ぎる問いに、天音は驚いている様子であった。
「え!? あ、いや……いません……」
「そうなの? それはもったいない」
「も、もったいない?」
「だって、香坂さん美人だし」
「いや、そんなこと……!」
「それにスタイルもなかなか……」
「ちょ……見ないでくださいよ」
戦いさえなければ、奏も友達とこうやって無邪気にじゃれ合ったりしていたのだろう。一瞬そう思ったが、すぐに考えないようにした。
「じゃあ、好きな人はいないの?」
「え……い、いませんよ」
天音は一瞬返答に迷っていた。
「停止世界の先輩から言っておくとね、恋人はいた方がいいよ。ただでさえつらい戦いなんだから、せめて恋して気持ちを和らげないと」
「そういうものでしょうか……」
「そういうものよ。考えてみて……一番つらいときに、誰に寄りかかりたいかを。その人が香坂さんが求めている人なの」
しばらく、天音からの言葉はなかった。
誰を想像しているのだろうか、と聞いてみたいと思うが、ぐっと堪えた。今は天音に意識させるのが目的であり、露骨に斗亜へ誘導すれば怪しまれてしまう。
——あとは如月くん次第ね。
ここからは口出しをせず、見守る方がいいだろう。
きっと冬矢も何かしら動いているだろうから、二人の想いが成就するのを待つ方がいい。もしフラれたら、そのときは美術室にケーキでも持ち込んでささやかな傷心パーティーでもしよう、と考えを巡らせていた。
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