第26話 不安

 上の階での爆発も驚いたが、奏と斗亜の言葉にも驚かされた。


 ——ビジターの中にバンディットがいる!?


 だとしたら、これは大問題である。仲間を保護しているつもりで、実は敵を守っているということにもなりかねない。

 もはや何を信じ、何を疑えばいいのだろう。

 なんとも言い表しにくい不安感である。

 沙織を見るが、今のところ異常はない。爆発に驚きはしたもののパニックを起こしている様子はなく、襲ってくる気配もない。


「今の音……何ですかね?」

 沙織は尋ねてきた。

「誰かが転んだとか……ですかね?」

 とっさに言い訳が考え付かず、天音は変な答えを言ってしまう。

「でも、床とか揺れてましたよ? もしかして爆弾テロ!?」

「いやいや、まさかそんな……工事中だったんじゃないですか?」

 自分でも下手な誤魔化し方だとは思う。それでも、無言になるわけにもいかず、何か別の話題はないかと思案していた。

 同時に、沙織の正体についても探ろうとしていた。彼女は電源の入らないスマホを見たり、周りを見回しており、いかにも不安そうな動きである。見たところ、バンディットではなさそうな気もするが、奏や斗亜も騙されたのだから油断はできない。

 それまでに得た情報から、沙織は大学の英文科に通う学生で、今日は友人とショッピングモールを訪れていた、ということは分かった。


 ——バンディットがそんな設定まで考えるだろうか。


 信じたい気持ちは大いにあったが、疑惑を完全に払拭することができない。せめて奏がいてくれたら、もう少し詳しく探ることができたかもしれないのだが。

「あの……大丈夫ですか?」

 突然沙織に声を掛けられ、思わず天音は「はい!」と返事をしてしまった。

「もしかして体調が悪いとか……?」

 急に考え込んでしまったのを心配されたのだろう。

「いえ、ごめんなさい……ちょっと考えごとをしてたんです」

「具合が悪いなら、どこかで休みましょうか?」

「平気です……もうすぐ友人たちと合流できると思うので、そこでゆっくりご説明します」


 すると、通路の先に人影が見えた。

「あ、誰かいる!」

 不安を打ち消すように、沙織は人影に向かって走り出す。


 ——まさか、またビジター!?


 それは男性のように見えた。本来であれば、天音が駆け寄って保護しなければならない。でも、心の中の何かがブレーキを掛ける。


 ——この違和感は何……?


 改めて人影を見る。

 どこかで見たことがある男だ。

「あの、すいません……!」

 沙織が男に声を掛けたとき、彼の手には刀が握られていた。

「沙織さん危ない!」

 天音が叫んだときは遅かった。。力を失って倒れる沙織の体の向こうで、男と目が合った。

 金色の眼をしている。


 ——あのときすれ違った男!


 夜道で辺りを見回していた男に違いない。

 幻覚などではなかった。彼はバンディットだったのだ。


「お前とは……どこかで会ったな」

 血の滴る刀を構えながら、男はゆっくりと歩いてくる。

 なぜバンディットが停止世界以外にもいるのか、と疑問に思う暇もなく、天音はナイフを構える。

『天音です……ビジターがやられました。バンディットと交戦しています』

 無理に戦う必要はない。こちらには仲間がいる。みんなを待ってから有利な状況で戦えばいい。

「ああ、そうか……すれ違った女だったな。お前がまさか敵だなんて思わなかった」

「私も……まさか敵とすれ違っていただなんて」

 男は堂々と近付いてくる。相手の能力も知らないうちから向かってくるのは危険過ぎる。それでも近付いてくるということは、何か策があるのだろうか。


 ——自分の能力によっぽど自信がある?


 天音はじりじりと後退していた。

 この男は危険だ。彼女の本能がそう告げている。近付いてくるのは、近接戦闘に自信があるからだ。武器の刀にしても能力にしても、遠距離戦闘はおそらくできないのだろう。


 天井を破壊し、上の階から斗亜が男の背後へと降りてきた。

『斗亜、気をつけて。たぶんあいつは近距離戦闘が強い』

『分かった』

 男の武器は刀だが、冬矢の物よりも長い。単純な武器のリーチだけでいったら、斗亜より男の方が有利である。

 それでも天音と斗亜が二人で戦えば何とかなる。相手は武器が一つなのにも関わらず、こちらは二つの武器で攻められる。普通に考えれば、チャンスである。

 なのに、不安が拭えない。

 引っかかっているのは、沙織の首を斬り落とした一撃である。その斬撃が見えなかったのである。単純に素早い、というだけではない。一連の動きがまるで見えなかった。


 ——近付いたらいけない。


 それだけははっきりしている。男が近付いているのも、それに関係しているはずである。

『僕が後ろから仕掛ける!』

 斗亜が走り出そうとしていた。

『待って!』

『二対一なら勝てる!』

『嫌な予感がするの……能力を見極めるまで待って!』

 どうやってバンディットの能力を試そうかと思案していたとき、ふわりと体が軽くなった。


 ——停止世界が終わる。


 戦いから解放される喜びよりも、相手の能力を見ることができない悔しさの方が勝っていた。能力を解明するヒントでも掴めれば、今後の戦いを有利に進められる。

『香坂さん、如月くん……無理しないで。今回は生き残って』

 薄れゆく意識の中、奏の声が聞こえていた。


 気が付くと、映画館に戻っていた。

 映画はこれから盛り上がっていこうとする最初の山場であったが、バンディットとの戦いの後では物語が頭に入ってこない。

 隣に座っている斗亜を見ると、彼も同じように天音を見ていた。

 二人は特別言葉を交わすわけでもなく、頭を低くして映画館を抜け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る