第25話 自爆
ジェットブーツを噴かしながら、人気のない通路を飛ぶようにして走っていた。
ショッピングモールは店舗や通路があるせいで探すべきところが多く、ビジターの探索にも気が抜けない。どこからバンディットが襲ってくるかに気を配りながら、ビジターの安全を確保しなければならないのだ。
ビジターを見つけてからも、自由に戦うことはできない。とにかく時間を稼ぎながら、仲間が合流するのを待つしかない。
子供の声が聞こえてきた。
ジェットブーツを止めて耳を澄ますと、「誰もいないの?」と今にも泣きそうな声声がする。
声の方へ向かうと、スポーツ洋品店に少女がいた。小学生高学年にもなっていないほど幼い少女である。
「あの……みんなどこに行っちゃったの?」
目に涙を浮かべながら、少女は言う。
「誰かと来てたの?」
「お母さんと……」
「そうか……なら、一緒に探してあげるよ」
ビジターが幼い場合、対応は迷子と同じように話し掛けている。後に戦えるようになるのかさえ分からないのだから、落ち着いて誘導するのがもっとも重要なのだ。
「僕の名前は斗亜……如月斗亜。君の名前は?」
「……
少女はぽつりと名乗った。
まだ知らない人と話すのに若干抵抗があるのだろう。それでも、名乗ってくれただけでも前進である。
「じゃあ、お店の人に言って放送してもらおうか」
香奈恵が着いてこられるように、斗亜はゆっくり歩き出した。
まず最初の一歩はクリアしただろう。しかし、大変なのはこの後だ。実際に戦いを目にするかもしれないし、戦いに参加するために説得するのは苦労するかもしれない。
——今は生き残ることに集中しよう。
これからしなければならないことは山ほどあるが、目の前のことから片付けるべきだ。
そう思い、香奈恵が心配しないように声を掛けようとした。大人が不安がっていると、子供は敏感に察して泣き出してしまうこともある。
「ねえ……香奈恵のお母さんは……」
言い掛けて、口を噤んだ。
奏の声を聞いたからである。
『奏よ! バンディットはビジターになりすましているかもしれない! 注意して!』
——バンディットの戦い方が変わった?
いつもどこかからやってきて戦うと思っていたバンディットが、まさかビジターになりすますなんて考えたこともなかった。だが、敵味方を区別するマークがあるわけでもなく、相手も人間そっくりなのだ。敵の懐に入り込もうとしてもおかしくはない。
だとしたら、今後の作戦の立て方も変わってくるし、ビジターの探索も危険な行為となってしまう。
「……動かないで」
香奈恵の声がした。だが、先ほどの怯えた声ではなく、殺気のこもった低い声である。
「……ゆっくりとこっちを向いて。変な真似したら殺すよ」
「まさか、僕が助けた相手がね……」
振り返ると、彼女は箱を持っていた。
「爆弾よ……」
「こんな戦い方してくるんだな……」
「私たちだって、いつまでも同じじゃないの」
香奈恵が持っている箱はボックスティッシュくらいの大きさである。建物全体を破壊できないだろうが、近くにいる人間になら確実にダメージを与えることができるかもしれない。
「でも、その爆弾……今爆発させたら君も死ぬよ」
「ええ、そのつもり」
十歳前後の子に自爆を決意させるということが、斗亜には恐ろしくてたまらなかった。香奈恵の目は死ぬことへの恐怖がなく、崇高な任務のために命を差し出すことこそが使命であると信じ切っている。
「なあ、考え直した方がいいんじゃないか?」
こんな恐ろしいバンディット相手に、どうやって隙を作ろうか、と頭をフルに働かせていた。斗亜はお人好しではないから、一緒に死んであげる、などとは考えていない。
「何を考え直すというの?」
「君は僕を殺したいんだろ? 君まで死ぬことはないじゃないか」
「残念だけど、この方法しかないの。私は死ぬけど、あなたも死ぬ。一人殺せればそれでいい」
言葉遣いも大人びているが、外見は子供である。それが何ともいびつな感じを覚える。
「……かわいそうだな」
斗亜は思わずそう口にしていた。
「かわいそう?」
「だって、そうじゃないか……戦うことが命を捨てることだと思っている」
「そうよ、命を懸けて戦うの!」
「命懸けで戦うことと命を捨てることは違う」
「同じよ……!」
彼女自身、その違いを明確に分かっていないのか、奥歯を噛み締めながら悔しそうに言う。
「その考えは自分で考えついたものじゃないだろ。誰かに言われて、そう思い込まされて……命を捨てて君は何を得る?」
「……うるさい……」
「君は僕しか殺せない。いや、僕さえ殺せないかもしれない。殺せないのだとしたら、爆弾を突き付けているその行為は完全に無駄になる。ただ君が自分の武器で死ぬだけ。これは自爆じゃない、自殺だ」
「……うるさい!」
香奈恵が叫びながら、一瞬目を閉じた。
——それを待っていた!
ジェットブーツの爆炎を纏った回し蹴りで、香奈恵の手に乗った箱を弾き飛ばす。
「……ッ!」
彼女の注意は箱の方へと向いた。
——迂闊だッ!
大きく一歩を踏み込むとジェットブーツを噴かし、香奈恵の首に向かって跳び蹴りを放つ。
狙うべき箇所は小さかったにも関わらず、斗亜の蹴りは正確に叩き込まれ、同時に彼女の首の骨を破壊した。
香奈恵の体がぐにゃりと折れて床に倒れたとき、弾き飛ばした爆弾が輸入雑貨店を破壊した。
子供に命を捨てることを教え込ませるバンディットに対して、斗亜は強い憤りを覚えた。そんなことをしなくても、戦い方はいくらでもあったはずである。
もう動かなくなった少女は、これ以上自爆の恐怖を味わわなくて済むのだ。
——きっと、それが正しいことなのだろう。
今は自分にそう言い聞かせ、前に進むしかない。
『斗亜、こちらのビジターも偽物だった……』
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