第23話 狙撃

 冬矢が目にしたのは、スーツ姿の三十代前半くらいの男性であった。

 駅のロータリーでタクシーを待っているところだったらしく、タクシー乗り場で立ち尽くしていた。仕事の最中なのか、チラチラと腕時計やスマホを見ながら、いつまでも来ないタクシーをキョロキョロと探していた。


「無事ですか?」と、冬矢は近付いて話し掛ける。

「君は誰? こっちは忙しいんだが」

「たぶん、タクシーは来ませんよ」

「……君に何が分かる?」

 怪訝そうに男は言った。

「だって、周りを見てください……今日は休日ですよ。なのに、車もなければ歩行者もいない。信号も点いてないですし、電光掲示板も消えたまま。スマホも腕時計も動いていませんよね」

「確かに……と言うより、君は何を知っている?」

「私の名前は永瀬冬矢。世界のこと、これからのこと……たぶん知りたいことをお話できると思います」

 真剣な冬矢の表情を見て、どうやら何か深刻なことが起こっている、というのは察した様子であった。

近藤こんどう……近藤正隆まさたかだ」

「近藤さんですね。とりあえず移動しましょう」

 そう言って、冬矢は道路へ飛び出す。

「お、おい……急に飛び出したら……!」

「平気です。どうせ車も来ませんし」

「そ、そうなのか……?」


 ——少しは打ち解けてくれているだろうか。


 停止世界のビジターを相手にするときに一番注意しなければならないのは、パニックを起こさせないようにすることである。多少混乱するのは仕方ないが、パニックを起こしたビジターはどんな行動を起こすか分からない。バンディットを味方だと信じ込み、助けを求めに行ってしまうかもしれない。

 とにかく落ち着いて誘導する。そうしなければ、ビジターは敵に狙われてしまう。一緒にいても狙われるのだ。戦う術を知らないビジターの単独行動ならなおさらである。

「歩きながら聞いてください。まずこの世界は……」

 冬矢が話し始めたときであった。

 遠くできらりと光った。窓か何かに光が反射したのだろう、と思った。しかし、どうにも嫌な予感がする。

「危な……!」

 言いながら振り返ったとき大きな音とともに、近藤正隆と名乗った男性の頭は爆ぜていた。

 それが攻撃によるものだと分かったのは、頭部のない死体が地面に倒れた後であった。


 ——あの音は……銃声!?


 だとすれば、冬矢が見た光はスコープによるものかもしれない。バンディットの武器が狙撃用の銃であれば、これ以上面倒なことはない。

 銃と一口に言っても、用途は様々である。持ち運びしやすいハンドガン、連射に特化したマシンガン、広範囲に拡散するショットガンまで存在する。中には有効射程二〇〇〇メートル、最大射程六〇〇〇メートル以上という銃さえ存在する。

 近代兵器である銃の多くは、奏のロングボウの射程をいともたやすく上回る。

 本能的にビルの影へと隠れる。

『冬矢だ! スナイパーライフルみたいな射程の長い武器を持ったバンディットがいる! こっちのビジターはそれでやられた!』

 銃声が一つだったことから、攻撃は単発でしか撃てないタイプの銃なのだろう。となれば、おそらく武器は狙撃銃であると考えられる。的の小さい頭部を撃ち抜いたことから、狙いはかなり正確だ。

 蜃気楼で攻撃を逸らすことができるとは思うが、試すには分が悪い。一方的に攻撃され、こちらからはすぐに反撃することができない。接近戦では無類の強さを発揮する冬矢であるが、遠距離戦ではほぼ無力である。

『奏よ。こっちもちょっと立て込んでるの。何とかショッピングモールまで来られる?』

『……頑張ってみるよ』

 彼が隠れているビルの入り口に消火器があった。


 ——やるしかないか。


 設置されている消火器を持ち出すと、道路へホースを向けてレバーを握る。粉末が吹き出し、あっという間に目の前を真っ白にした。まるで煙幕のようであった。

 消火器を放り投げると、冬矢は走り出した。止まったら撃たれてしまう。首の後ろを銃弾が掠める音がしていた。

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