第22話 ビジター

 戦い始めてから、天音の休日の過ごし方が変わった。

 今までは友達に誘われないと家から出ないことが多かったが、停止世界での戦いを知った後は積極的に外出するようにしていた。

 いつ死んでしまうかも分からないのだから、できることはしたい。死ぬ直前に「あれをしていなかった、これをしていなかった」と後悔したくはない。


 出掛けようとしたとき、斗亜から連絡があった。

 一緒に映画を観ようと言うので、天音は彼と待ち合わせて近所のショッピングモールの映画館へと向かった。


 考えてみれば、中学まで同級生だったとは言っても、斗亜を二人きりで出掛けたことなどなかった。

 改めて考えてみると、気恥ずかしい。これは他人から見ればデートだと思われるのではないだろうか。

 毎日戦いのことばかり考えて、恋愛などすっかり忘れていたが、いつ停止世界がやってくるか分からないのだから、斗亜と一緒にいた方が何かと都合はいい。


 ——これはあくまで効率がいいから。


 無理矢理そうやって言い聞かせることで、自分を納得させた。そうでなくては、恥ずかしくて仕方がない。


 映画館で観る映画を決め、時間になるまでファストフード店で時間を潰し、ドリンクを買って映画が始まるのを待った。


 上映が始まってしばらく経つと、強烈な耳鳴りを聞いた。

 それなりに席の埋まっていた映画館は、次の瞬間には天音と斗亜だけを残して静まりかえっていた。

「せっかくの休日なのに、容赦ないね」

 思わず天音は言葉を漏らした。

「これじゃ映画どころじゃないな」

 斗亜も残念そうに言う。

「まあ、仕方ないと思って割り切るしかないよ」

 映画館を出ようとしたとき、奏の声が聞こえた。

『奏よ。如月くん、香坂さん、今どこにいる?』

『斗亜です。天音と映画館にいます』

『ショッピングモールの?』

『そうです』

『なら、私たちがそっちへ行くわ。十五分くらい待ってて』

 私たち、ということは、奏と冬矢は一緒にいるのだろうか。休日に二人でいると言うことは、付き合っているのだろうかとも思ったが、天音も斗亜といる。

 たまにはそういうこともあるか、と考え、気持ちを切り替えた。


 ——今は戦わなければならない。


 武器を構えながら、ショッピングモールへ出た。さきほどまで大勢いた人々は消え去り、賑やかに鳴っていた音楽も聞こえない。

 まずはショッピングモールの中にビジターがいないかを調べなければならない。三階建てのショッピングモールが二棟あり、学校のときとは比べ物にならないくらい広い。

「天音は一階から探して、僕は上から行く!」

 そう言うと、斗亜はジェットブーツを噴かして吹き抜けを昇っていく。

 一階には様々な店舗が入っており、食料品や雑貨など取り扱う品物も多岐に渡る。その一つ一つを丁寧に見ていかなければならない。中には棚などが多くて見通しの悪い店もあるから、ビジターを見落とさないように注意が必要である。

 停止世界に巻き込まれるのは、同年代の学生ばかりとは限らない。バンディットの年齢も、少年少女や中年の男女と幅広いのだ。自分たちの陣営にも異なる年代の人がいてもおかしくない。


 ——救える命があるなら救う。


 命を奪っている者が言っていい言葉ではないかもしれないが、それでもしっかり探索する。ビジターは見つけ次第保護しなければならないほど、弱々しい存在なのだ。

 天音も最初は誰かに助けてもらったのだろう。その人は戦いで死亡したのかを彼女は覚えていないが、助けられたであろう天音は今でも生きている。


 ——私も同じように助けられたら。


 恩返しのつもりであった。助けられた記憶はなく、本人はいないが、これから見つかるビジターを守ることが恩返しの代わりになるだろう、と考えてのことだった。


 すると、目の前に不安そうにしている女性の姿を見つけた。

『天音です。ビジターを見つけました!』

 走ってくる天音に驚いて、女性は逃げようとしていた。

「待って!」

 武器を収め、呼び止めて傍に寄る。

 女性は天音よりも何歳か年上であった。

「よかった、大丈夫ですか?」

「み、みんなどこに行ったの?」

 突然周囲の人が消えたことで、ひどく怯えている様子だ。

 話を聞いてもらうため、まずは落ち着かせなくてはならない。

「一緒に来てください。移動しながらお話します……私は香坂天音、あなたのお名前を聞かせてください」

藤原ふじわら……沙織さおりです……」

 彼女の警戒心はまだ完全には解けていない。こんな短時間で信用しろと言う方が無理があるから、それも仕方がない。


 ——とにかく、彼女を守りながら戦わなければ。


 状況によっては、奏に預けて天音が前線に出た方がいいかもしれない。奏の近くにいれば安全だし、話もできるから沙織の不安を取り除けるだろう。

 しかし、その思惑は仲間からの声によって打ち砕かれた。

『斗亜、ビジター発見!』

『奏よ。如月くんも!? こちらでも一人確保したわ』

『冬矢だ。俺も見つけて保護した』


 ——一度に四人も!?


 天音が巻き込まれたときも二人同時だったから、四人同時がまったくあり得ないとは言い切れない。

 だが、果たしてそう簡単に片付けてしまっていいのだろうか。


 ——この世界で一体何が起こっているの?


 その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。

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