第19話 信頼

 先に校庭へ着いた冬矢は、武器を手にして周囲の様子を窺っていた。

 校舎の方からは激しい破砕音がしている。どうやら戦闘が始まっているようだ。


 ——まさか奏が?


 彼女があの攻撃に巻き込まれている可能性はある。だが、校庭に来いと言ったのは奏である。仲間たちの動きを見ながら作戦を立てる彼女が、何の策もなくそんなことを言ったとは思えない。

 今まで生き残ってこられたのは奏のお陰、と言っても過言ではない。それも一度や二度ではない。何度も救われてきたのを冬矢は覚えている。


 奏が昇降口から飛び出してきた。

「やっぱり思った通り!」

 合流すると、肩で大きく息をしながら彼女は言う。

「あの手裏剣、私の姿が見えなくなると命中率が極端に落ちる……自動追尾じゃなくて目で見てるのね!」

 見たところ怪我はなさそうである。

「ただ、能力が分からないの。いくら大きな手裏剣でも、校舎の壁を破壊するほどの威力はないと思う。でも、それではコントロールの良さを説明できない」

 停止世界では身体能力は上がるが、扱える能力は一つである。複数の能力を使うバンディットなど見たことがない。

「じゃあ二人いる……!」

「威力を上げてるバンディットとコントロールするバンディット……」

「それと透明の奴だな」

 三対二となっても、戦わなければならない。

 停止世界での戦いに平等なんて最初からないのだ。

 手裏剣を持った少女と、槍を持った男が校庭に降り立った。


 ——槍とは面倒だな。


 過去の戦場において、多くの人命を奪ってきたのは弓矢と槍である。合戦のときに主に刀が使われたのは、とどめを刺すときや首を切り落とすとき言われている。

 そもそも、刀と槍ではリーチに大きな違いがある。相対した場合、攻撃は必ず槍の側からとなる。たとえ懐に入り込んだとしても、穂先とは逆の石突きで打たれる危険もある。

 ただ、蜃気楼を使える冬矢なら何とか対処できるかもしれない。


 ——手裏剣と見えないバンディット。


 それらの援護があると思うと、楽観視できない状況である。

「で、どうする? 槍なら俺が相手するか?」

 すると、奏は彼の耳元で囁いた。

 それは彼女が練っていた作戦であった。

「なるほど、それで行こう」


 奏が矢を放った。狙いは槍の男である。

 それを合図として、冬矢は走り出した。

 彼が注目するべきは、槍の動きではない。校庭の土の動きである。

 誰もいないはずの場所で、土が踏みしめられたように動いた。


 ——誰かいる!


 矢が弾かれる。

 目を凝らして見ると、景色が歪んでいる。光学迷彩のような能力だろうか。


 ——だが、見える!


 敵の姿を全部見る必要はない。彼に必要なのは、攻撃するべき場所だけである。頭から首にかけてのラインを慎重に見極める。

 一閃。

 肉と骨を両断した感触があった。

 瞬間、目の前に首を落とされた女が出現した。力無く崩れ落ちるとともに、武器であったであろう盾から手を離した。

 女の死体を飛び越え、同時に蜃気楼を発動する。


 ——この距離なら!


 冬矢の像は一人分手前に出す。

 槍を空振りさせると、一気に踏み込む。背後まで回り込むと背中から斬り下ろす。


 ——あと一人!


 再び奏が矢を放つ。その音を合図として、彼は手裏剣の少女へ向かう。

 これで威力が上がる能力かコントロールできる能力のどちらかが消えたことになる。加えて、矢と刀の同時攻撃である。

 どちらかでも当たればいい。

 二方向からの攻撃は、分かっていても避けるのは難しい。

 まして、目の前で仲間が二人も立て続けに倒されて動揺している状態では、冷静な判断などできるはずもない。

 少女は矢を胸に受けながら手裏剣を構えると、冬矢に向かって放った。


 ——それは予測済みだ!


 巨大手裏剣の下へ滑り込んで避けると、起き上がりながら逆袈裟で少女の体を斬りつけた。

 放たれた手裏剣は、校庭のフェンスを突き抜けて遙か彼方へと飛んでいく。

「終わったわね」

 敵が動かないことを確認すると、奏は言った。

「そうだな……それにしても、ちょっと大胆な作戦だったな」

 冬矢の動きは、全て奏の指示である。

「でも、効果的だったでしょ?」

「俺がやられたら、どうしてたんだ?」

「大丈夫よ、信頼しているもの。そう簡単に殺させやしないから。やられたら、そのときはそのときで考えるけど」

 彼女は彼女なりに考えて作戦を立てている。決して誰かの捨て駒にするような戦い方はしない。それが分かっているからこそ、冬矢は危険であっても指示に従うのだ。

 体がふわりと浮かび上がる感覚がある。


 ——停止世界が終わる。


 冬矢が戦い始めてだいたい二年になるが、今でもこの感覚には不思議な感情が湧いてくる。ジェットコースターの落下にも似た感覚があって気持ち悪くもあるのだが、戦いが終わるという安心感もある。

『如月くんと香坂さんは無事?』

 奏の問いにすぐ返事が返ってくる。

『斗亜、無事です』

『天音も無事です』

 声に少し元気がないような気がするが、とにかく無事で何よりだ。

『じゃあ、また放課後に美術室で……!』

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