第18話 糸

 斗亜が爪の男に対して攻撃を仕掛けようとしたとき、天音は能力を使って加速した。彼の突然のスピードアップに、敵は対応できていない。

 おそらく、この攻撃は成功するだろう。


 ——私がすることは、周囲を注意深く見ること。


 今は、斗亜の攻撃を邪魔させないことが重要だ。最悪なのは、彼の攻撃が中断された上に戦闘不能にされてしまうことである。

 そのとき、視界の端に光る物が見えた。その光は細長く、目を凝らしてみないと分からないほどである。周りを見ると、同様の光がいくつもあった。


 ——攻撃!?


 加速が解除され、斗亜の膝蹴りが当たる。

 しかし、天音の体に攻撃された感覚はない。


「斗亜、動かないで……」

 予想でしかないが、天音はこう言うしかなかった。

「たぶん囲まれてる……」

 天音と斗亜の周囲には、ときどき細長い光が煌めいている。

 無数の極細の糸であった。二人の周りに糸が張り巡らされており、下手に動こうとしたら触れてしまう。

 本能的に、これは触れてはいけないと思った。

 普通の武器なら、直接狙ってくればいい。わざわざ周囲に張る必要などないのだ。


 ——たぶん、触れることがきっかけとなって発動する何か……


 少ない情報の中では、そう判断するしかない。

「天音、大丈夫か?」

「今のところはね」

「触ったらマズそうだね……」

「でも、触らないと攻撃できない」

 不用意に触るのは危険だが、近接戦闘の二人にとっては、触らなければ動けないほどに糸は多く、複雑に張られている。

「僕がジェットブーツで焼き切って……!」

「待って! 私が動く……!」

 ナイフを振り上げて糸を複数本切り裂くと同時に、能力を発動させる。

 刹那、無数の糸が天音に向かって飛来する。もし触れていたら、体中がこの糸で貫かれて、瞬時に串刺しになっていただろう。

 糸を切り払いながら進む。


 ——敵はどこ!?


 この能力は相手を直接見なくても武器である糸が反応してくれる。だとすれば、わざわざ敵の目の前に出る必要はない。糸だけ張り巡らせたら、あとは隠れていればいいのだ。

 校舎の陰に隠れている少年がいた。中学にも上がっていないような、まだまだ子供の面影を残した少年であるが、十本の指からは細長い光を放っていた。

「ごめんなさい」

 少年の首の後ろにナイフを突き立てた。

 加速が止み、時間が戻る。天音が通ってきた場所に無数の糸が弾丸のように飛来しては空を切る。同時に、少年は突然の痛みに狼狽えたのか、喉をかきむしるようにもがくと、倒れ込みながら背後にいる天音を見た。

 憎しみのこもった瞳である。少年は睨みつけたまま動かなくなった。

「天音!」

 斗亜が駆け寄ってくる。

 彼は状況を見て、瞬時に何があったかを察した。

「もう見ない方がいい」

 そう言って、斗亜は天音を自分の胸に引き寄せた。

「この子、まだ子供だった……」

 自分が生きるためだったとはいえ、一つの命を奪ったことには変わりない。


 ——こうするしかなかったの。


 そうやって心の中で何度も呟きながら、自分を納得させるしかなかった。

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