第16話  見えない敵

 巨大手裏剣の速さは、奏も目の当たりしたからある程度は掴んでいる。おそらく彼女のロングボウよりも速いだろう。それにコントロールも良いため、侮れない武器である。

 しかし、見たところ連射はできないようであり、天音が避けたということは自動追尾などの能力もなさそうだ。とはいえ、それは仮説でしかないから油断はできない。

 あとはバンディットの正確な位置を知らなければならない。他の仲間はみんな近接戦闘に特化しているから、遠距離の敵は奏が排除しておく必要がある。


 鷹の目で戦場を見る。

 手裏剣を持ったバンディットを見つけた。奏よりも若干年下の少女である。


 ——距離は三〇〇、まだ遠い。


 奏はロングボウを手にし、矢をつがえる。彼女の武器も速射に適しているわけではない。一分間で十五発は射ることはできるが、現代のマシンガンなどと比べれば劣ってしまう。

 それでも、中世では恐るべき威力で数多くの命を奪ってきた。優れた射手の放った矢は、鎧すら貫通したとも言われている。銃とは違い大きな音も立てずに敵へと迫るロングボウは、停止世界の戦いにおいても有効な武器である。


 ——今は集中しないと。


 そのとき、手裏剣が少女の手を離れた。


 ——こんな距離から!?


 バンディットとの距離を測り、こちらからも反撃したいとは思ったが、どうやらそんな暇はなさそうである。

 構えを解くと、その場から急いで立ち去る。顔を上げていても危険だ。屋上の床に転がるようにして伏せる。

 フェンスを裂き、コンクリートの壁さえ破壊し、巨大手裏剣は再び戻っていく。

 いくら身体能力が上がっているとはいえ、ただの手裏剣にコンクリートを破壊するパワーがあるだろうか。そして、異常なまでのコントロールの良さである。


 ——どっちが能力なの?


 彼女の経験上、二つの能力を持っている者はいない。

 立ち上がり、バンディットとの距離を即座に測る。


 ——二五〇メートル!


 再びつがえた矢を放つ。

 戻っていく際の手裏剣の速さは大したことない。奏の矢が追い越していく。矢を避ければ武器が取れず、武器を取るなら矢で射られる。

 どちらでも奏に有利な状況を作れる。


 ——この距離なら外さない。


 しかし、その自信は一瞬にして覆された。

 矢が空中で弾かれたのである。まるで壁に当たったように、矢は一気に速度を失い、力無く落下していく。

 見たところ障害物があるわけでもなく、別の攻撃によって撃ち落されたわけでもない。


 ——何かがある……!


 鷹の目で弾かれた位置を見る。

 景色が少しだけ歪んでいる。普通に見ただけでは見逃してしまうほど、微細な歪みである。その歪んだ像が民家の屋根に降りると、瓦が割れた。 間違いない。あれもバンディットだ。

『バンディットは全部で五人! そのうち一人は姿が見えない能力よ!』

 光を屈折させ、自らの姿を消している。冬矢の能力に近いが、ほぼ完全に姿を消しているところから、隠密性の高い能力である。

 飛び道具で攻撃される危険を冒してまで少女が手裏剣を投げてきたのは、守ってもらえる保証があったからなのか。

 姿の見えない相手がどんな武器を持っているか分からないが、仲間に近寄らせてはいけない。今ここで奏がくい止めなければならない。


 ——でも、どうやって倒す?


 少女の手に渡った手裏剣は、間髪入れずに放たれる。

 屋上にいては、敵にとって良い的になってしまう。

『冬矢、校庭まで来て! 力を貸してちょうだい!』

『分かった、すぐ行く!』

 階段を降りながら、奏は策を練り続けていた。

 この戦いをもっとも長い間一緒にくぐり抜けてきたのは、冬矢である。彼となら連携も取りやすく、奏の意図をうまく汲み取ってくれる。

 彼女の背後を、おぞましい音を立てて巨大手裏剣が通過していった。

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