第三章 四人の戦い

第14話 四人の美術室

 真帆が来なくなっても、天音は美術室へ向かった。

 次の戦いがいつ始まるか分からないのだから、わずかな時間でも無駄にはできない。

 そのためにまずは戦力の確認をしなくてはならない。


「私の武器はナイフでした。刃の長さは二〇センチくらいです」

 定規を握り、ナイフの長さをイメージする。

「その長さだと接近戦になるね」

 冬矢が言う。

「刃物を扱うけど、俺よりも斗亜の方が近いかな」

「そうですね。僕より少し広いくらいの間合いですが、かなり接近しなくてはいけないようです」

 斗亜は立ち上がり、天音の手を取ると、定規の先を自分の胸に押しつける。

「これが天音の距離……攻撃できる範囲。これより離れていると攻撃は当たらないし、近すぎると懐に入られてしまう」

 一メートルも離れていないため、意外と近く感じる。相手が斗亜だからまだ警戒心が薄いが、敵とこの距離で戦わなければならないのは、はっきり言って恐怖感の方が強い。

「近付き過ぎれば、僕みたいな近接戦の得意な相手の間合いになる」

 そう言うと、斗亜は定規を払って一歩踏み込み、ゆっくりと手を伸ばす。拳が天音の顔の前にきたときには、腕は完全に伸びきっていなかった。

「それで香坂さんの能力は?」

 奏は言った。

「停止世界での戦いは武器だけではないの。重要なのは、武器と能力の組み合わせよ」

「相手の斧が振り下ろされたとき、もうだめだ、って思ったんです。でも、時間が遅くなっていました。ただ、私は普通のスピードで動くことができました。斧を避けて、気を緩めたときに相手の動きが急に素早くなって……」

「時間を操っているわけじゃなさそうね」

「たぶんですけど、私が速くなっているんだと思います」

「そうね。それも時間の流れが歪むほどの超加速、と言ったところね」

 ただ、自分で言っていても自信がない。あくまで仮説でしかない。

「合ってるかどうかわかりませんけど……」

「それは次の戦いで確かめてみるしかないわね。それでも見当をつけておくのは無駄にはならないから」


 その後は、仲間の能力を教えられた。これから戦っていくのに、仲間の戦力を知っておくのも重要だという。

 冬矢の武器は刀で、能力は相手との距離を見誤らせる蜃気楼である。長さは違えども、刃物を扱う者同士である。

「刀もナイフも、大まかにくくれば刃物だ」冬矢が言う。「似ているようで実はかなり違う。刀は斬るための武器で、相手の体を切断することもできる。蜃気楼を使えば相手を空振りさせて、反撃で命を奪う。接近戦ではほとんど負けることはない」


 奏の武器はロングボウで、能力は鷹の目である。

「私が戦闘が始まってすぐに屋上へ向かうのは、鷹の目で戦場の様子やバンディットの数を察知するためよ」

 美術室でも停止世界でも、奏が司令塔になっているのは能力に関係があるのだろう、と天音は密かに思っていた。

「ロングボウの射程は二五〇メートルくらい。身体能力が向上しているおかげで、射程内ならまずは外さないけど、校舎の中まで見られるわけじゃないから、万能ではないの。それに、接近戦は本当に弱いから」


「僕のは停止世界で軽く説明したと思うけど」斗亜が言う。「僕の武器はジェットブーツ。蹴りのスピードを上げるだけじゃなく、走ったりジャンプしたりするのにも使える」

「能力は格闘センスだっけ? 斗亜って、そんなに運動神経も良くないよね? どうしてその能力なんだろう?」

「運動神経は良くないんじゃなくて、悪くないだけ。理由は知らないけど、習ってもいない格闘技を使えるように体が動くんだ。本で読んだ空手をベースに、いろんな格闘技を自分なりにミックスした感じ」


 みんなの能力の紹介が終わると、下校のチャイムが鳴った。

「これで戦力を把握できたと思うけど、重要なのは生き残るために無理をしないこと」

 帰り支度をしながら、奏は言う。

「武器・能力の相性を考え、戦うか逃げるかを瞬時に選択しなければならないの。近接戦闘しかできない人が長距離の敵を相手にしてはいけないようにね」

 言われてすぐにできるだろうか、と不安になった天音を察してか、奏は付け加える。

「私たちは一人で戦っているわけじゃないの。二対一や三対一で戦ってもいい。とにかく、みんなで生き残ることね」

 天音の不安は、わずかだが軽くなっていた。

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