第11話 消えない痛み

 授業が終わり、天音が真っ先に向かったのは斗亜のところである。足を切断されたのだ。彼が無事でいるかどうか、そればっかり気になって授業がまったく耳に入ってこなかった。

 クラスが違うためすぐに会うことができず、ようやく斗亜に話しかけられたのは放課後であった。

「斗亜!」

 彼を見かけると、天音は駆け寄って足下に視線を落とす。

「足は大丈夫なの?」

 しゃがんでパンパンと足を手で叩いてみる。切断されたはずの彼の足はちゃんとくっついていた。

「よかった……ついてる」


 すると、背後から声が聞こえていた。

「ほら、やっぱり付き合ってるんだって」

「あーあ、ホントだ」

「登下校だって一緒だし」

「……賭けるんじゃなかったよ」

「じゃ、ナゲットおごり決定ね」

 振り向くと、天音のクラスメイトの声であった。

 無意識に斗亜の肩に手を置いていた。足がついていることに安心したときに何気なくそうしてしまったらしい。これではまるで恋人じゃないか。それに気付いた途端、急に恥ずかしくなった。

「え、ちょっと、違うからね!」

「あー、はいはい」

 クラスメイトは天音の否定を軽く受け流し、その場を去っていった。

 斗亜とのことを問い質されたりと、あとでいろいろ面倒なことになりそうだ。


 しかし、今は斗亜の心配を優先するべきだろう。

「本当に何ともない?」

 美術室に向かう間、周りに人がいなくなったことを確認すると、彼に尋ねた。

「見ての通り平気だよ」

「でもさ、あの戦闘では確かに……」

「そう。僕の足は切断されたよ」

 斗亜は切断されたはずの右足を持ち上げる。

「なのに無事なの?」

「停止世界で死んだ人間はこの世から消える、っていうのがルールだけど、完全に死亡しなければ死なないんだ。どんなに怪我を負っても、死んでいなければ傷は回復する。例え瀕死の重傷であったとしても、生きていれば元通りになる」

 斧の男が生きていたのも、それで説明がつく。完全に死亡する前に停止世界での戦いが終わったから、再び天音の前に現れたのだ。

「でも、痛みは……?」

「それはどうしようもないな。痛みだけは普通にあるんだ」

 彼の眉間に皺が寄る。

 先の戦闘での痛みを思い出しているのだろう。天音には想像ができない痛みである。

「傷は完治しても、痛みの記憶はずっと残ってるんだ。今までだって何度も手足の切断は経験したけど、どうしても慣れない。手足だけじゃない、胴体に穴が空いたことだってある。停止世界から抜け出して治ってるはずなのに、痛みの記憶で疼くんだ」

「それは、どうしようもないのね……」

「そうだね……でも、手足を斬られたくらいじゃ死なないってことも分かった。心臓とか頭とか、そういう部位さえ無事なら多少は持ちこたえられる。負傷してはいけない場所が分かって、そこへの怪我さえ回避できれば、死なずに済むからね」

 彼は今まで数知れない戦いを経験し、想像を絶するような傷を負ってきたに違いない。

 天音はそれ以上話を掘り下げることができなくなってしまった。

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