第9話 鷹の目

 屋上の奏からは、今いる空間のほとんど全てを見ることができた。

 停止世界の広さは毎回異なる。一キロ四方の空間だったこともあれば、直径一〇キロほどの場であったこともある。今回は学校を中心とした半径三キロほどの距離が戦闘空間となっている。

 奏の能力・鷹の目ホークアイによって、彼女の視力は人間のそれを遙かに越える。五キロ以内であれば、バンディットの姿を容易く見つけることができるし、彼らの表情はもちろん、靴の汚れや爪の長さまでくっきりと分かる。

 だからこそ、彼女は戦闘が始まるとすぐに屋上へやってきた。如月斗亜ほどのスピードはなく、永瀬冬矢ほど接近戦は強くない。だが、彼女には視力があった。遠い距離から偵察することでバンディットの戦力を知り、仲間と共有することができるのだ。


 そして、その驚異的な視力で、冬矢の戦闘を見ていた。

 冬矢の武器と能力があれば、近接戦闘はごくわずかな時間で終わる。無用な打ち合いはしない。相手を空振りさせ、刀の殺傷能力で命を奪うことができる。

 冬矢は奏と同時に停止世界での戦いに巻き込まれ、もう二年ほど生き残っている。最初は危うい場面もあったが、今では非常に安定して勝利を収めている。彼の戦闘能力の高さは奏も認めており、別段心配することはない。

 しかし、問題は真帆である。

 彼女の性格上、停止世界の環境に慣れるのは時間がかかるだろう、とは思っていたが、今まさに目の前で無惨に殺された死体を見てしまった。最初の戦闘では現状を理解するのがやっとだったかもしれないが、今回は混乱していない分ストレートに他人の死を受け止めざるを得なくなってしまう。


 ——あとでフォローが必要ね。


 そのための放課後の美術室である。普通の高校生が、ある日突然殺し合いを強要されたら、誰だってまともではいられなくなる。カウンセリングの真似事をして、途中で脱落しないように努めているのだ。


 そのとき、体育館の屋根に人影を見つけた。斗亜でも天音でもない。

 人影は校舎へ向かおうとしている冬矢たちを狙っている。


 ——敵ッ!


 左手を突き出しながら、武器を発現させる。それはロングボウであった。奏の背丈以上ある弓を左手で握り、右手には矢を一本出現させた。

 バンディットとの距離を測る。一〇〇メートル以内、十分ロングボウの射程内だ。

 矢をつがえて、弓を引き絞る。本来であれば弓を引くのに力が必要で、扱いこなすのは非常に困難であったと言われているロングボウであるが、停止世界の奏であれば自在に使うことができる。


 鷹の目で敵を捉えたまま、矢を放つ。弦の音を聞いたのか、人影は立ち止まりこちらを見たが、避けるだけの反応はできなかった。

 胸に矢が刺さり、体を貫通する。傷口からは勢いよく出血し、口からも血を吐き出している。肺を負傷したのだろう。

 直接斬ったりするわけではないから、人を殺したという感覚を味わうことはないが、鷹の目があるから傷つけた相手も見えてしまう。それでも、目を背けるわけにはいかない。標的に当たったのか、戦闘不能な状態まで追い込んだか、それとも息の根を止めたのか、または追い打ちが必要かなど、仲間の後方支援をしているからこそ、バンディットの状態を見極めなけれなならない。


 ——見えすぎるというのも、良いことばかりじゃない。


 戦う度にそう思ってしまう。

 しかし、戦わなければ自分たちが死ぬ。死ぬか殺すか選ばなければならないから、殺す方を選んでいるだけだ。

『あの……誰か!』

 天音の声がした。ひどく混乱している様子だ。

『奏よ! 何があったの!?』

『斗亜が……!』

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