第8話 蜃気楼

「これは……ちょっとまずいかな」

 思わず冬矢は呟いた。

 彼の正面には剣を持った女がいて、背後からは鎖鎌くさりがまを振り回している中年の男がいる。それぞれが自らの武器を構えて、じりじりと近付いてくる。

 対する冬矢たちの方は武器を扱えるのは彼しかおらず、真帆はすっかり怯えきってしまっている。彼女がこの戦いで戦えるようになってほしいが、こればっかりは分からない。

 どう考えても、圧倒的に不利な状況には変わりない。


 ——来い!


 冬矢が念じると、彼の前に日本刀が虚空から出現した。


 改めてバンディットの戦力分析を始める。

 女性が持っているのは両刃の剣である。刃の長さは五〇センチほどで、デザインから見て古代ローマで使われていたグラディウスだろう。一方、冬矢の刀は打刀うちがたなで、刃だけで七〇センチほどはある。

 問題は鎖鎌の方である。扱いは難しいものの、刀に比べて圧倒的に攻撃距離が長い。おまけに鎖が刀に巻き付けば動きを封じられてしまう。武器の長さではグラディウスに勝っている刀でも、振れなければ意味がない。単体でも面倒な鎖鎌なのに、連携されたら抵抗しようがない。

 そして、冬矢の最大に弱点は真帆である。武器を持たない無防備な人間がいて、彼女の守りながら同時に二人の相手をしなければならない。


 ——どうやって彼女の逃がそうか。


 周囲を確認する。

 二人は体育館の横にいて、前後から敵に挟まれている。片側は校庭に繋がっているが、もう片側は体育館の壁である。真帆を館内に入れてしまえば楽だが、他のバンディットが待ち伏せている可能性もあり、扉を開けるときに彼女が手間取れば狙われてしまう。

 校庭側へ逃げたとしても、遠距離攻撃の的になってしまう。


 ——近くにおいておくしかないか。


 それが冬矢の出した結論であった。

「佐倉……いいか、よく聞くんだ」

 バンディットに聞こえないように、声量を押さえて冬矢は言う。

「服を脱げ」

「は!?」

「上着だよ、上着」

「な、何に使うんですか!?」

「いいから早く……!」

 真帆はブレザーを脱ぎ、冬矢へ手渡す。

 彼女の手が小刻みに震えていた。

「合図したら、なるべく頭を低くして鎖鎌の方へ走れ」

「鎖鎌って……?」

「あのおっさんの方」

「分かりました」


 男が回している鎖分銅くさりふんどうの回転速度が上がる。


 ——仕掛けてくるッ!


 グラディウスの女の方へ視界を遮るようにブレザーを投げる。

「走れ!」

 刀を構え、中年男へ向かって駆け出す。真帆も言われた通りに冬矢に着いてくる。

 同時に冬矢は能力を発現させる。

 鎖分銅が飛びかかる。それはまるで獲物に飛びつく蛇のように一直線に向かってくるが、通過したのは冬矢の顔のすぐ横であった。


 蜃気楼ミラージュ。光を屈折させ、自らの位置を狂わせることで攻撃を空振りさせることができる冬矢の能力である。能力範囲は体一つ分と決して広くはないが、接近戦でのわずかな距離の見誤ることは死に直結する。


 一度伸びた鎖鎌はすぐには回収できない。その間に冬矢は間合いに入り込み、男の右脇下から左肩へと斬り上げた。深く斬り込んだ手応えがある。


 ——まずは一人ッ!


 振り返ると、ブレザーを手で払いのけた女がグラディウスを振り上げて向かってくる。

 グラディウスは主に突き刺すための武器である、と資料を調べたときに記述されていたのを憶えている。甲冑を切断するほどの能力はないのである。しかし、冬矢は甲冑を着てない。どこを斬られても負傷してしまうし、当たりどころが悪ければ致命傷となる。


 冬矢は一歩踏み出す。同時に蜃気楼を発動する。蜃気楼は彼の数センチ先へ踏み込ませる。たった数センチでも、当たらなければいい。

 剣の切っ先が、冬矢の目前を掠める。

 当たらなかった、と女は驚いた顔をしていたが、冬矢は次のアクションを起こされる前に首を切り落とした。ゴトンと地面に落ちた女の顔は、苦痛と憎しみを目に込めて冬矢を見上げていたが、すぐに動かなくなった。


「佐倉、大丈夫か?」

 真帆は二つの死体を見比べている。

「どうして……こんなことできるんですか!?」

 目の前で二人も人が死んだのだ。それも、殺したのは数日前に出会ったばかりとはいえ顔見知りなのである。さすがに刺激が強かったのだろう。

「生きたいからさ」

 冬矢がいつも考えていることである。彼だって殺し合いを好んでいるわけではない。

「俺は死にたくない。だから敵は殺すんだ。殺さなければ殺されるからね。それが……こんな最低な世界のルールだから、従うしかないんだよ」

「私には……できません」

「でも、生きなくちゃいけない。山道を歩いていて突然熊に遭遇したら、君はどうする? 逃げたり暴れたり、抵抗するだろう? どうぞ殺してくださいなんて人はそうそういない。みんな生きるために必死なんだ。そのためなら手段なんて関係ないんだ」

 彼女からそれ以上の言葉は出てこなかった。

 納得したわけではなく、諦めたのだろう。

『冬矢だ。こっちは二人始末した』


 ——とにかく仲間と合流しなければ。


 真帆を連れ、校舎の中へと向かおうとしていた。

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