第二章 覚醒
第7話 二度目の戦い
初めて停止世界に入ってから二日後のことであった。
午前中の授業が終わり、ようやくお昼を食べられると思った矢先、天音は再びあの強烈な耳鳴りのような音を聞いた。
次の瞬間には、誰もいない空間にいた。
もう二度目だから前回のような戸惑いはなかったが、この世界のルールを知ってしまっているからか、あまり気分のいいものではない。
『奏よ。みんな、どこにいる?』
奏の声が脳内に響いてくる。
『冬矢、体育館だ』
『斗亜、教室です』
次々に言葉が聞こえてくる。
教えられたように、天音も念じた。
『天音、教室です』
『真帆、理科室にいます』
バンディットを見かけたという報告がないから、まだ誰も戦闘状態にはなっていないようである。
『斗亜くんは天音さんを連れて各学年の教室を見てきて。冬矢は真帆さんと校舎の外にいる生徒の確認。私は屋上へ上がってバンディットを見つける』
奏の声を聞いて教室を出ると、そこには斗亜がいた。
会ってすぐに気付いたのは斗亜がおかしな靴を履いていることであった。ハイカットスニーカーのような靴であったが、その材質は見たところ金属なのである。
「その靴どうしたの?」
「これが僕の武器だよ」
「武器? それが?」
どう見ても甲冑の足だけ履いてきたような履物だ。金属の靴で蹴られたら相当痛いだろうけど、殺し合いをする武器としては頼りない気がする。どこかに刃物でも仕込んであるのだろうか。
「それよりも、ビジターが補充されたかどうか、確認終わらせよう」
「そうね、早く見てみんなと合流しないと」
走り出そうとした天音を斗亜は呼び止める。
「もう一年の教室は終わってる。あとは上の階だけ」
「え、もう見たの?」
「ビジターの確認はスピード命だからね」
二人で普段は行かない二階と三階の教室を覗いたが、ビジターの姿を見つけることはできなかった。
『斗亜・天音、教室内で補充要員はいませんでした』
『冬矢・真帆、こっちでも見つからなかった』
『奏よ。みんなお疲れさま……だけど南から五人、バンディットが向かってきてる。そのままのペアでバンディットに対処して』
——敵がやってくる。
不安と緊張感が一気に高まるのを感じる。
三年の教室の窓から外の様子を見ると、見知らぬ人物が三人、学校の敷地内に入ってくるのが見えた。
「あれがバンディット?」
「そう、僕たちが戦う相手。大丈夫、戦闘は僕がするから。まずは……」
斗亜はそこまで言いかけて、何かを察知したように目を見開いた。
天音も彼の視線の先を見た。
窓の外に男がいる。三階の高さまで跳躍しているのだ。
「天音、ごめん!」
そう言うと、斗亜は天音に近付いて抱き抱えると、壁を蹴る。突如、急加速して教室のドアに体ごとぶつかっていき、突き破ると廊下まで飛び出した。
同時に、窓から三十代前後の男が教室に入ってきていた。
「そこにいて。頭を低くして、左右の廊下を警戒して」
小さな声でそう言い残すと、斗亜は立ち上がって教室の男と向かい合う。
果たして、斗亜に戦いなどできるのだろうか、と天音は不安に思った。彼は幼い頃からあまり運動ができるタイプではなく、運動神経が極端に悪いわけではないが、身体能力としては並以下といったところである。
そんな斗亜が一対一で対決しようとしている。
だが、彼の背中からは自信が満ち溢れている。決して破れかぶれで戦おうとしているわけではない。
互いに構える。
窓から侵入してきた男は顎を守るように構えている。ボクサーの構えである。手にはグローブような物をつけているから、あれが武器なのだろう。
対する斗亜は低い位置に手を置いている。あれでは胴体は守れるかもしれないが、顔面ががら空きになってしまう。
男がステップを踏みながら間合いを詰めてくる。
先に仕掛けたのは男の方であった。
斗亜の顔面めがけて左ジャブを放つ。
瞬間、男の腕が消えた。あまりの速度に天音の目では捉えることができなかった。
ところが、斗亜は見えないジャブをわずかに上体を逸らすだけで避ける。最小の動きだけで的確に間合いを取っている。
続けて、男が一歩踏み込む。次に動いたのは右腕であった。フックかストレートか、それすらも分からないほどに速い。
そのとき、斗亜の靴が火を噴いた。
轟音とともに斗亜の足は飛び跳ねるように持ち上がると、男の首に深く突き刺さる。首が異様な曲がり方をしたまま、男は斗亜に拳を当てることなく床に倒れた。
「ジェットブーツ……これが僕の武器。そして能力は格闘センスとでも言うべきかな」
構えを解くと、斗亜は振り返った。
人間一人に重傷を負わせた。まもなく男は死ぬだろう。それなのに、斗亜の表情は戦う前と変わらない。
「どうしてそんな表情ができるの?」
天音は思わず聞いてしまった。
「すごくリアルな格闘ゲームをやっている……そう思って僕は戦っている。そうじゃないとやりきれないからね。あとは慣れかな」
——私もこうなってしまうのだろうか。
でも、斗亜のように割り切らなければならないのかもしれない。彼の考え方は、体よりも前に心が壊れてしまわないようにする防衛本能の表れなのだろう。
天音が体験しているこの戦いは、死んでしまっては意味がない戦いなのだ。そう思い込み、漏らしそうになった弱音をぐっと体の奥へと押し込めた。
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