第6話 レクチャー

 斗亜はいつも使わない道を行き、天音が来るのを待っていた。

 彼がそんなことをするのには理由があった。自分自身、初めて停止世界を知った日はショックが大きすぎて眠れなかったのを憶えている。

 おそらく天音もそうなっているに違いない。彼女は深く考える癖があるから、自分のとき以上に心配なのだ。

 しかし、それ以上に気になったのは天音の反応である。「僕が君を守る」と思わず言ってしまったが、恥ずかしさもあってそのすぐ後に彼女と別れてしまった。

 だから、彼女の反応が気になって仕方がない。


 考えていると、天音の姿が見えたが、どことなくフラフラしているようであった。

「斗亜、どうしたの?」

 そう言う天音の目の下にはくまができている。

「その様子だと眠れなかったみたいだね」

 こくん、と彼女はうなずいた。

「美術室で言われたことも気になっていたし、眠っている間にあっちの世界で殺されてたらって思ったら、なかなか寝付けなくて」

「今まで一日に二回以上戦いが起きたことはないから、心配しなくていいよ」

「じゃあ今日もまた戦いが起きる?」

「それは分からないな……規則正しく停止世界に行くわけじゃないから」

「これからずっと……いつ戦いに巻き込まれるかって怯えながら生きていかなければいけないんだね」

 幾度かの戦いを経験し、斗亜は戦闘行為自体には慣れた。しかし、戦いに巻き込まれることに関しては今でも慣れない。

 停止空間に入るときの、あの耳をつんざくような音は、思い出すだけでもぞっとする。だから、なるべく思い出さないようにしていた。思い出さなければ、無いのと同じである。そうやって自分を騙しながら生きている。

「残念だけど……そうなるね」

 停止世界での戦いは、どうやっても遠ざけることができない。それを回避する方法があったら知りたいくらいである。 

 だが、天音がもっともつらいのはこれからであることも、斗亜には分かっていた。


 ——そのときは支えてあげないと。


 斗亜は密かな決意を抱いていた。


 * * * * *


 停止世界に選ばれた生徒は、放課後になれば美術室へ集まっていた。

 奏だって、放課後は友達とおしゃべりしながら帰りたいし、おしゃれなカフェでゆっくりしたい。

 しかし、彼女には戦いが待っている。それは命を落とせばすべてが終わってしまう、情け容赦ない殺し合いである。だからこそ、準備できることは事前にしておきたい。

 そういう考えから、使われていない美術室を利用して、主に新たに加わった仲間のために戦い方をレクチャーしている。仲間を失った悲しみは知らないが、できるなら誰も欠けずにいきたい。


 全員が揃ったところで、奏のレクチャーが始まった。

「最初は戸惑ったと思うけど、今後は停止世界に入ったらやらなければならないことが二つあるの」

 新入り二人の表情はまだまだ硬い。

「一つは敵との戦い。私たちは彼らのことをバンディットと呼んでいる。山賊、という意味よ」

 一呼吸置いて、奏は続ける。

「そして、二つ目なんだけど……停止世界では、ときどき人員の補充が行われるの。新しい人が世界に巻き込まれるんだけど、そのまま放っておくとあっという間に殺されてしまう。私たちはそんな新入りのことをビジターと呼んでいるの。ビジターは知らない戦いにいきなり巻き込まれるわけだから、相手は混乱しているだろうし……だから守ってあげなくてはいけないの」


「守るって言っても、具体的にはどうすればいいんですか?」

 香坂天音は言った。彼女は昨日こそショックを受けていたものの、今では立ち直るとまではいかないまでも、現実を何とか受け止めようとしているようだ。

「停止世界に入ってすぐにビジターを見つけて保護するの」

「保護って言われても具体的にどうすれば……」

「特に私たちは学校で戦うことが多いから、教室だったり体育館だったり、学生がいそうなところをバンディットと戦う前に一通り調べるしかないかな。私たちはテレパシーみたいに脳内で会話をすることができるけど、新入りさんはしばらくしないとこちらの声が届かないから」


 すると「あの……!」と言って佐倉真帆が手を挙げた。おどおどしているのは、おそらく彼女の性格に由来するものだろう。

「そのビジターっていうのが来るって、事前に分からないんですか? 次の戦いだっていつ起こるかとか……」

「それは分からないわね。補充がされないこともあれば、何人か一気に補充されることもあるの。戦いの頻度は多くても一日一回まで……としか言えない。一週間くらい戦いがないこともあるし、今後その頻度が変わらないという保証はないから」

 そう言うと、真帆の表情は暗くなった。


 彼女の気持ちも分からないわけではない。奏も最初の頃は戦うことが嫌で、ずっと怯えていた。嫌々ながらも、ただ死にたくないから戦ってきたのである。がむしゃらに戦ってきたせいで、今では殺し合うことに慣れてしまった。

 戦いが続くことに耐えられなくなり、自殺を考えるまで追いつめられたが、実行する勇気が湧かずに結局これまで生きている。自分では死にきれなかったから、敵を殺しているのだ。命を救うために命を奪うなんて、この生き方は矛盾に満ちている、とは思うが、できるだけ考えないようにしていることで乗り切っている。


 ——この新入り二人は乗り越えられるだろうか。


 彼女たちにとっての本当の試練は、停止世界に巻き込まれた最初の戦闘ではなく、世界のルールが分かった上で挑む二回目の戦いなのだ。

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