第5話 ロスト
これからどんな話が始まるのかすら、予想がつかない。残酷なルールと言っても、すでに得体の知れない戦いに巻き込まれただけで残酷である。これ以上何があるというのだろう。
「これは敗北したとき……つまり停止世界の戦いで死んでしまったときの話だけど……死亡した場合、こちらの世界に戻ってくることはできないの」
死んだらすべて終わりなの、と奏は今まで以上に強い口調で言った。
「生き返ることもなければ、再挑戦もできない。停止世界での死は、まさに完全な死なの」
そこまで聞いたとき、真帆が真っ青な顔をして立ち上がった。
「じゃ、じゃあ……今までたくさんの人が亡くなったってことですか? それなら、どうして誰も何も言わないんですか!?」
彼女の疑問も当然である。
今まで何人も行方不明になっていたら、当然騒ぎになるはずである。だが、社会問題になるわけもなく、日常は穏やかに過ぎていっている。ニュースでも芸能スキャンダルが大々的に取り上げられているばかりで、行方不明者の数は話題にも上がらない。
「確かに、当然の疑問ね」
奏はそう言われることを予想していたようであった。
「今までたくさんの人が停止世界で死んでいったかどうか、それは私にも分からないの。停止世界で死亡した人間は、元の世界で存在していた痕跡すべてが消えてしまうのだから」
天音にはその言葉の意味が分からなかった。
「痕跡というのは、単純にその人自身が消えてしまうということだけじゃなく、私たちを含むすべての人々の記憶からも消えてしまう」
「そんなことって……」
真帆は力無く椅子に座る。
現実の世界では、死んだ人は人々の記憶に残り続けることができるが、停止世界ではそれさえも許されないのか。
「でも……!」ふと気付いた天音が言う。「私を殺そうとした人は憶えています……!」
「私たちは、敵の死は憶えているけど、味方の死は忘れてしまう。そういうルールだと言ったら納得してくれる?」
停止世界での出来事を振り返る。
気付いたら誰もいない教室にいて、斧を持った男が襲ってきたから一人で逃げて、外に出て鉈を持った少女が血まみれで倒れて、再び斧を持った男が現れて……
——何かがおかしい。
天音にもそれは分かったが、どこがどうおかしいのかを指摘できない。つい数時間前に起こった衝撃的な出来事を忘れるはずがない。
「私たちはこのことを<ロスト>と呼んでいるの。記録も記憶も痕跡もないから、私たちでさえ本当に仲間が死亡したのか、それとも最初からいないのかさえも分からないの。だから、今話している内容でさえ推測に過ぎないのだけど……」
改めて大変な事態に巻き込まれたことを知り、もはや天音には何かを言い返す気力さえなかった。
* * * * *
帰り道、天音は斗亜と一緒に歩いていた。
周りは暗くなり、街灯が点々と歩く先の道を照らしているが、その光量は心細く感じるほどであった。
「今日はいろいろあって大変だっただろ?」
斗亜が声をかける。彼自身、同じような説明を受けて衝撃を受けたから、今の天音の気持ちが分かるのだろう。
「斗亜は、ずっと戦ってきたの?」
「入学式の日にね、停止世界に入ったんだ」
「怖くはなかったの?」
「もちろん怖かったさ。ようやく高校生活が始まるってときに、なんでこんな目に遭うのかって、訳も分からなかった」
「でも、今も戦ってるんでしょ?」
「別に戦いたくて戦ってるんじゃないよ。死にたくないから」
そう言ったときの斗亜は、表情を押し殺しているようであった。
目の前で死を見ただけでも、天音にとっては衝撃的な出来事であったが、斗亜はそれを何度も体験しているのだろう。人の命を奪ったことさえあるかもしれない。
今まさに天音も彼と同じ立場になろうとしている。
——私も人の死に対して鈍感になってしまうのだろうか。
「大丈夫、心配するなって」
考え込んでいた天音は、斗亜の声で顔を上げた。
「僕が……守るから」
彼も顔は逆光でよく分からなかったが、照れているような気がしていた。
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