第4話 世界のルール

 奏の口から出た「戦い」と言う言葉に、天音は何とも言えない不安感を覚えた。

「戦い、と言ってもいろんな意味があると思うの」

 天音と真帆を交互に見つめながら、奏は続ける。

「戦争はもちろん、友達同士で気軽にするゲームだって戦いと言えるし、受験だって決められた定員に入るための戦いとも考えられる。でも、あなたたちが置かれた状況での戦いは純粋な戦い……殺し合いよ」


 殺し合い。そう言われて、自分が巻き込まれた戦いを思い出した。


「二人とも、見たでしょ……人間が目の前で死ぬところを?」

 目の前で天音を殺そうと向かってきた少女が死んだ。まるで獰猛な獣のように睨んでいた目が不意に思い出される。血にまみれた少女が鉈を手に向かってくるのである。

 生まれて初めて、本気で殺されると思った。


「あの……」

 手を軽く挙げて真帆は聞いた。

「あれは夢……じゃないんですか……?」

「突然元の場所に戻ったから夢じゃないかって思ったかもしれないけど……残念ながら現実よ。夢だったら、私があなたの夢のことを話せるはずないでしょ?」

「そ、そうですよね……すいません」

 ゆっくりと真帆の手が下がっていく。

「夢って思うのも仕方がないけど、これは現実の出来事だってことを改めて認識してほしいの」

 一呼吸置いて、奏の表情は険しくなる。

「この戦いがいつ始まったのか、何のために戦うのか……それは私たちにも分からない。なぜ私たちがそんな理由のない戦いに参加しなくてはならないのか、それさえ知らないの」

 天音が戦いに巻き込まれた理由を、放課後になるまでずっと考えていた。誰かに命じられたわけでもなく、不思議な生き物と出会ったことで力を得たわけでもない。ただただ理不尽な状況に放り込まれたに過ぎないのである。

「そんな訳の分からない戦いを……私たちはしなければならないんですか?」

 どこにぶつけていいのか分からない怒りがふつふつと沸いて、天音は思わず声を上げた。

「残念だけど、この戦いに選ばれたのには、たぶん理由はないの。少なくとも、私たちが分かりやすい形ではね。例えば箱の中にたくさんボールを入れて、その中から一つ選ぶとき、明確な理由はある?」


 ——そんなものに理由はない。


 あるとすれば「手が触れたから」や「一番奥にあったから」とか、その程度である。大抵は「なんとなく」だ。

「そんなことって……」

 思わず呟いた。

 なんとなくという程度の理由で、自分たちは殺し合いをさせられるのか、と思うと、激しい憤りを感じた。

 だが、明確で納得できる選定理由があったとしたら、この状況をすんなりと飲み込めるだろうか。いや、きっと「なぜ私が選ばれなければならないの?」と嘆いただろう。

 天音が落ち着いたのを待って、奏は声を発した。

「この戦いは、過酷だけどルールは分かりやすいの。私たちは時間が停止した世界のことを<停止世界ていしせかい>と呼んでいるけれど、停止世界で味方が全員死ぬか、敵が全員死ぬか、一定時間が経過するかで元の時間に戻ることができる」


 本当に純粋な殺し合いである。生き残るために殺さなければならないのだ。


「でも、私……人なんて殺せません……第一、そんな力もありませんし……」

 弱々しくそう言う真帆の声は、半分泣いているようにも聞こえる。

「大丈夫……心配しないで。停止世界では武器と能力が与えられるの。それに身体能力も上がるから、力の面では問題ないし、経験はコツコツ積んでいくしかない、としか言えないわね」


 ——あの人は、なぜ淡々と話せるのだろう。


 天音の頭にふと疑問が浮かんだ。

 人の生死について、まるで映画のストーリーを語るように喋っている。人間の死について鈍感なのである。鈍感になるほどの戦いを経験してきたのだろうか。

「要するに、度胸……停止世界での戦いを生き抜くには度胸が必要なの。戦いで死ななければ生き残ることができる。死にたくなければ、死に物狂いで戦わなければならない。

 初日だから、いきなり全部を詰め込むことはしないけど、時間が停止した世界での戦いに参加しなければならない、ということと、武器と能力を駆使して生き残らなければならない。ここまではいいかな?」

 一度スマホで時間を確認した奏は、深い息を吐いた。

「で、ここからがとっても重要なの。これから話す内容は、これまでの話以上に大事なことだから、ちゃんと覚えて。そして、考えてほしいの……この戦いのもっとも残酷なルールを」

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