第3話 美術室
放課後、学校の近くに新しくできたカフェに行こうというクラスメイトの誘いを断り、天音は美術室へと向かった。
『放課後、美術室で……!』
どこかから聞こえてきた、あの声が忘れられなかった。
突然の出来事が立て続けに起こり、現実に戻ってきた後の授業がまったく耳に入ってこなかった。美術室で何か分かるだろうか、とずっと考えていた。あの悪夢のような体験に対する説明を誰かがしてくれるのだろうか。
一人でどんなに考えても答えは出ない。
自分が何を体験したのか、何に巻き込まれているのかといったことは、結局美術室へ行かなければ分からないらしい。
美術室のドアに手をかけ、大きく息を吸い込む。
天音を美術室へ誘った声の主は、おそらく矢を放った人物だろう。助けてくれた、ということは味方に違いないかもしれないが、敵側の罠である可能性だってまるでないわけでもない。
——どちらにしろ、警戒はしておかないと。
「さっさと入れば?」
いきなり背後から声をかけられたので、天音は「うわぁ!」と間の抜けた声を上げてしまった。
振り向くと、眼鏡をかけた細身の男子生徒がいた。
「と、
彼は
「美術室、入らないの?」
「は、入るけど……」
「じゃあ、入りなよ」
斗亜はそう言うと、さっと美術室へと入っていく。
続いて天音も室内へと入った。美術室、とは言うが、石膏像やイーゼルが部屋の隅に追いやられている。テーブル一つと椅子が三つあり、斗亜は迷うことなく椅子の一つへ座った。部活などでも使われていない教室なのだろうか。
「天音、座ったら?」
「う、うん……」
椅子に座ると、テーブルの上の電気ポットがグツグツとお湯を沸かしていた。流しにはマグカップが四つあるだけでなく、隠す様子もなくインスタントコーヒーや紅茶も近くに置かれている。
「みんなもうすぐ来ると思うから、そのまま待ってて」
そう言いながら、斗亜はコーヒーを淹れ始める。
「え、もうすぐ来るって……」
「呼ばれたんでしょ?」
彼は何かを知っている。
——斗亜は味方なの?
そんな考えを見透かすように、紙コップに入れたコーヒーを差し出しながら彼は言った。
「コーヒー、飲めるよね?」
「うん、飲めるけど……」
「敵じゃないから安心しなよ……とは言っても信じられないかな」
何から何まで信じられないことだらけである。顔見知りだからと言って、果たして簡単に信用していいものか、考えあぐねている。
すると、美術室の扉が開いた。
入ってきたのは、女子生徒であった。スタイルも良く、緩やかなウェーブのかかった長い髪を柔らかく揺らしながら近付いてくる。大人っぽい雰囲気があるから上級生だろうか。
「ちゃんと来てくれたんだね」
天音の前まで来ると、優しい表情で笑う。
「私は
「は、はい……!」
「如月くんから聞いてるよ」
奏は紅茶を淹れながら言う。
「椅子が足りないかな。あと二人来るから」
「二人ですか?」斗亜が問うた。「来られそうでした?」
「なんとかね。だから全員が揃ったら話し始めましょう」
言いながら、奏はバッグからお菓子の入った袋を取り出して、テーブルの上に広げ、「お茶菓子も必要でしょ?」とチョコレートを食べ出した。
——しばらくはここに留まるしかなさそう。
天音も覚悟を決め、お菓子を食べ始めた。
ややあって、美術室に二人の生徒が入ってきた。一人は背が高い上級生の男子であったが、もう一人はおどおどとしている女子生徒であった。
「遅くなって悪い。ちょっと説得するのに手間取っちゃって」
男子生徒は明るく言うと、天音に近付いてきた。
「俺は
「香坂天音……一年です」
「そうか、香坂さんか!」
冬矢は天音の手を取り、握手をしながらブンブンと上下に振る。
「あ、あの……彼女は?」
天音は美術室の扉の前で動かない女子生徒を見る。
「ああ、あの子は……えっと、名前なんだっけ?」
彼女は全員の顔を見回した後、「
奏は立ち上がり、真帆を着席させると、「いつまで手握ってるつもりよ」と冬矢の肩を叩く。
奏以外のその場にいる全員が着席すると、「さて、これで全員揃ったわけだけど……」と、話し始める。
「これから、あなたたちが置かれている立場について話をするけど、最初に言っておけば、これから話す内容はとてもじゃないけど信じられるものじゃない。私たち自身も、そのすべてを知り尽くしているわけじゃないけど、今から語ることは真実と推測に基づくことであり……嘘じゃないの」
彼女の視線は、特に天音と真帆へと向けられている。
「そして、話を聞いた時点で選んでほしいの。あなたたちがどうしたいのかを」
ゆっくり息を吸い込むと、奏は静かに言った。
「これから、あなたたちは戦わなければならない」
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