第8話 想い
最愛の家族を残してきた。妹のジリヤ。俺とは違って小さい頃から優秀だった。師匠から教えて貰った魔法を、1日ですべて覚えてしまい、残った自由時間は俺の鍛錬に付き合ってくれた。
同じ血を分けた兄妹とは思えないくらいに賢く、魔力量も豊富にあった妹は入学試験を受ける必要もない。数年前から推薦で入学が決まっていたにもかかわらず、俺に負担を掛けまいとして、わざと入学を遅らせてくれた。
そんなジリヤに対して、勝手に劣等感を覚え、学校に通い始めてからは避けるようになった。最初はそんな俺にも声を掛けてくれていたのに、冷たい態度をとっていたから、会話も無くなった。
「これが、祭りの最後を飾る死だ」
魔法が使えなくなったことも知らないかもしれない。いまとなっては、俺は存在さえしていなかったことになっているから。だれからも教えてもらえず、俺が居なくなった原因さえわからず、母と二人で生きていくのだろう。
「嫌だ」
「なに?」
避けるのではなく、一歩踏み出して懐に入り、族長の腹へ炎の玉を押し付けた。まともに運動をしてこなかった俺の出せる最大の力で。
「あああああああああ」
勢いを失った大剣は地面に堕ちた。周囲からは見えないが、族長の体内では炎に形を変えた魔力が暴れ回っている。臓器を燃やし、血を蒸発させる炎は、勢い余り大量の煙となって口から漏れた。目は赤い炎に変わり、やがて全身の皮膚を覆い尽くして、黒い塊に変わった。
「えげつないことするなぁ。こいつ、凄まじい痛みを味わったと思うよ」
いつの間にいたのか、アルは族長だった塊を踏んだ。
「とりあえず、これからどうすんの?別に村人を片っ端から殺して回ってもいいし」
族長の死を確認しにきていた村人たちは、歩みを止めてこちらを伺っている。
「ジリヤに会いたい」
「ジリヤ?だれそれ」
「天空都市に残してきた俺の妹だ。きっと心配していると思う。それに天空都市には勝ちたい相手がいっぱいいるんだ」
「ふーん、だから」
「俺は、証明したい。地上で生きていること、魔法は学校で習っているようなものじゃないんだって」
「もっと簡単に言えばわかりやすいのにな」
アルは塊を広場の真ん中に蹴り飛ばした。
「天の民に思い知らせてやるんだろう?そしてあいつらを地上に引き摺り下ろす」
地の民たちは、塊に駆け寄ると大声で喚き始めた。そのまま炭になった族長の体に斧を振り下ろして割り、口に運んだ。けれど、さきほどのように食べることはなく、ただ近づけているだけのようだ。
「あれは何をしているんだ」
「死を慰めているの。わたしたちは土になり、また人になって還ってくる。その旅路に苦痛のないよう祈りを込めて口付けをしている」
イルは族長のもとに駆け寄ると、まわりの村人と同じように灰に口付けをしていた。
「アルはやらないのか」
「くだらない。死んだら終わり、還ってくるなんてこっちから断るよ」
「そうか」
もう夜が明けるのか暖かい光が足元を照らす。あれだけ燃えていた焚き火の火は消えていて、長い夜の終わりを告げるように、静かに空へ白い煙を吐いていた。
「ルシウス」
「あれ、天の民と呼ばなくていいのか」
「天空都市の住民を天の民と呼ぶんだ。ルシウスはもう違うだろ。それにやることが一杯ある。こいつらも手懐けないといけないし、狩りに行っていた兵士が戻ってくるはずだ。それまでに整えておかないと、っておい。どうしたんだ」
「少し眠らせてくれないか。もう頭も身体も動かないよ」
「やっぱり天の民は弱いなぁ」
俺は寝転がった。周囲にはたくさんの死体があるのに、気にする余裕もないくらい疲れていた。それに、次に目を覚ました時にはもっと違う景色が見えている。地上に堕ちてから、はじめて本当の眠りについたかもしれない。不安がないと言えば嘘になるけど絶望ではない。まだ希望のある明日に向かって目を閉じた。
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