第7話 懐かしい感覚
「少し怠いな」
魔法を行使したあとの独特な倦怠感に脳が包まれている。気を抜けば眠りに落ちてしまいそうになるくらい瞼が重い。
「くそ、なにが起きたんだ」
族長は起き上がろうとして、吹き飛ばされたことに気づいたらしい。
「空から堕ちたものには魔法は使えないはずだ。なぜできる?」
族長は剣を構えると、近づいてくることもなく横凪に払った。
「答えろ」
あのときよりも太い半透明の線がこちらに向かってきている。それは空中で見えた線状のものによく似ていて、あれが魔力の正体なのかもしれない。
「あれ、なにが起きたの?」
「イル、この拘束を解いてくれ」
「こうそく?とく?」
「えっと、手と脚を繋いでいるのを壊して欲しいんだ」
族長が操作しているのか、魔力の塊はゆっくりと進んでいる。なにかを待っているのかもしれない。
イルと外れない鎖に格闘していると、近くに倒れていた兵士が目を覚ました。
「イル、後ろだ」
兵士は剣をすでに抜いており、イルの背中に向かい突きを放った。
「イル!!!」
あまりのことに目を瞑ってしまっていた。けれど悲鳴が聞こえない。恐る恐る開くと、矢の先端が兵士の目から飛び出ていた。
「アル!」
「アル?」
「狩りから戻ってきてみれば、なにやってるんだよ、イル」
背後から忍び寄ってきていたのか、虎を殺したときのように矢で後頭部を貫いた。声もなく、兵士は絶命した。
アルと呼ばれた男の子は、イルを助けようとした際に草の茂みに隠れていた男の子らしい。あれから、顔を合わせたこともなかった。
「君はアルというのか」
「天の民のくせに、名前を呼ぶな。イル、こいつの鍵だ。はやくあけろ」
「アルはなんで鍵の場所を知っていたの?」
「あとにしろ。はやく逃げないと族長に殺される」
見ると、魔力の塊は、もう少しのところにまで到達していた。
「くそ、天の民、お前は俺が殺してやる」
先程の突風に気を失っていた兵士が立ち上がって剣を振り上げた。
「ばか、いま前に立つと死ぬぞ」
アルが叫んだものの間に合わず、魔力の塊と接触して兵士は死んでしまった。なんら抵抗もなく首が落ちた。地面とぶつかったときの鈍い音が静寂とした広場に響く。見物していた村人たちも、巻き込まれたくないのか蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。
「混乱に乗じて逃げようと思っていたのに、台無しだよ」
アルは苛立ち紛れに兵士の首を族長に向かって蹴った。
「アル、もしかして魔力が見えるのか?」
「いま、そんなこと気にしている場合かよ、天の民」
「そうだけど、どうかしたの?」
イルは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「イルは黙ってろ」
アルは俺を睨みつけると、選択肢を示した。
「いま、お前には二つ道がある。ひとつは、族長を殺して逃げる。もう一つは、このまま俺たちに捕まって族長の餌になるかだ」
「アル!」
イルは鼓膜が破れるかと思うくらいの叫び声を上げた。
「ルシウスは私を助けてくれた。だから、私達も助けるためにここにいる」
「ちっ。うるせぇな。わかったよ」
アルは苛ついたように髪を掻くと、死体となった兵士から槍を奪った。
「アル、兵士の数はこの二人だけか?」
「気安く呼ぶなよ、天の民。そうだよ。それがどうしたんだ」
「なら、あとはあの族長を倒せばいいんだな」
「できるわけない。あれだけの数の天の民を食べたのは族長くらいだ。それにお前、魔法使えないんだろ」
「大丈夫。感覚は取り戻したから、あとは発動さえできれば」
俺は鎖の外れた手足を摩った。激しく動いたため、少し擦れて血が滲んでいる。
「天空都市では、血を見たことがなかったんだ」
「それが?」
俺は台から降り、気絶している村人から布を拝借すると裸のままの身体に巻きつけた。
「地上はこんなにも危険なところだって想像したこともなかった。けど、もう負けたくないんだ」
いま思うと、空の上ではずっと戦い続けていた。生まれたときから、就ける職業も、 魔法の力もほとんど決まっていて、奇跡でも起きない限り覆されることはない。上級氏族に媚び諂わないと、まともに働き口もないなんておかしい、絶対に。
だから、誰よりも努力を怠らず、一番いい学校に入学して、上級氏族にも負けない成績をとっていた。
「こんなところで死ねない。あんなやつに負けたままで終われないんだ」
「おい、天の民。はやく撃ってこいよ。魔法が使えるんだろう」
族長は警戒しているのか、一定距離を保ったまま近づいてこようとしない。広場の隅のほうで、剣を構えながら左右に歩き回っていた。
中心にある焚き火の炎は燃え続けている。まだ諦めるなと、言ってくれているのかもしれない。
「で、どうするの?」
アルは槍を構えると、族長に向かい狙いを定めた。
「あいつになんでもいいから、力を使わせてほしい」
「ふーん。それで勝てるの」
「ああ。自信はある」
「仕方ない、けど、もし負けそうになったら、イルを連れて逃げるから」
アルは構え族長に向かい走った。
「イル、さっき魔法の材料は地上にあると言っていたよね。空にはないって」
「うん、そうだよ」
「わかったかもしれないんだ、魔力の正体。天空都市の住人のほとんどは、魔法を発動する時に言葉を唱えていたんだけど、本当はそんなこと必要ないんじゃないのかなって」
追放される直前に会ったあの女性も無詠唱で魔法を発動していた。鍛錬の結果かと思っていたけど、なにか思い違いをしているのかもしれない。
「天の民、そっちに族長の攻撃が飛んだぞ」
慌ててアルを見ると、矢を片手に族長と戦い続けていた。大剣と思えない速度で剣を振る族長と、間一髪のところで避けるアルは、いつ大怪我をしてもおかしくないほどに接戦をしていた。
「お前、アルといったか。狩人以外は武器は持ってはいけないことになっている」
「だからなに」
「この戦いが終わったら、お前も処刑してやる」
族長は横凪に切り払った。その一撃には、無意識なのか。微弱な量の魔力が乗っている。
「そろそろいける」
空気中には線状や、球体の形をした魔力が漂い始めていた。あてもなく漂っているそれらは、適正のあるものにしか見えないのか。誰も気にしておらず、人とぶつかっても形を変えることなく、ただそこにあった。
もしこれが魔力なら、また魔法が使える。
「想像するんだ。思い出せ。あれだけ使っていただろう。俺は得意なんだ」
両手を前に出して、魔力が集まるように祈った。念じた。想像した。炎の塊をつくるように。
「ルシウス、手から火が出てるよ」
「え、あっつ」
見ると、両手が燃えている。慌てて火を払おうとして、叩いても、唾をかけても消えそうにもない。
「いや、まった、これは普通の火じゃない」
落ち着いて燃えているところを確認しても、火傷をしていなかった。
「熱くない、これならいける」
「天の民、まだなのか。こっちはそろそろ限界なんだけど」
アルは大剣が縦に振り下ろされたのと同時に、距離をとった。そのまま槍を突き出した。
あまりにも近かったのもあり、回避が間に合わず、族長の左肩に刺さった。
「よし、もういいよな」
「まかせてくれ」
焚き火にも負けないくらい大きな炎があがった。巻き込まれないように遠くから見物していた地の民たちのどよめきが風に乗って聞こえる。炎は形を変え丸みを帯び、手の平に浮いている。大きさはちょうど小石くらいにまで縮小できた。
「なんだそれは?それで終わりか?興醒めだ。こいつと遊ぶのも飽きた。そろそろ決着をつけてやる」
族長は俺に近寄らせまいと突撃したアルを蹴り飛ばし、こちらに走り寄ってきた。疲れを知らないのか。目と鼻の先のところまでくると、引きずるように下段に構えていた剣を上段に構え直し、飛びかかってきた。
「これが、祭りの最後を飾る死だ」
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