第6話 約束の日
「久しぶりだな、天の民。後悔はないか?」
7日目の夜、祭りと呼ばれる何かが行われていた。広場に集められた地の民たちは、丸太を持ち寄り中心に並べていく。四角に重ねられ、高く積み上げられると松明が投げ入れられた。
火は勢いよく立ち上ると破裂音を響かせた。風に吹かれ自由に揺らめいている。
「おい、返事をしろ」
「まぁいいじゃねぇか。人生最後の日だ。存分に楽しまなきゃな」
俺は人の背丈よりも高い祭壇のような場所の中央に、胡座をかいて座らされている。すぐ隣には族長がおり、護衛として槍を構えた兵士が二人そばに仕えていた。
抵抗する力もないと思われたのか、拘束すらされていない。この痩せ細った身体を見れば、当たり前かもしれないけれど。正面には焚き火の炎が空高く舞い上がり、風向きによっては少し離れたここまで熱を感じられた。
周囲をぐるぐると回りながら、地の民は思い思いに踊っている。不器用ながらも、皆一様に楽しんでいるようだ。
これから人を殺して、食事をしようと考えているとは到底考えられない。
「天の民からすれば、かなり野蛮だろうな」
族長はこちらを見ることもなく、じっと前を向いて話し始めた。
「お前を食えば、ちょうど10人目になる。俺は誰も成し得なかった偉業を達成することになるんだ」
確かめるように両手を開いては、握ってを繰り返した。
「地の民には魔法が使えない。だが、お前たちを糧にすることで、魔法ではない特別な力を得ることができる」
腰に差してあった剣を鞘から抜き放ち、胡座をかいた姿勢のまま剣を構えた。
「この剣は斬りたいものを斬る。それが、例えどれだけ強固なものであっても、俺が振り下ろしさえすれば、なんでも切れるんだ」
火が真っ二つに割れた。かと思うと、次の瞬間には元通りに空へ絶えず燃え続けている。
「天の民、お前は俺の力の一部となる」
突然、笛の音が鳴り響いた。すると、両手両足を拘束された肌の白い老人が村人たちに連れられ、祭壇の前に打ち捨てられた。
「よく見ておけ。あれがお前の末路だ」
族長は立ち上がると、悠々と祭壇を降りた。村人は、老人の膝を蹴り地面に跪かせる。
「おい、最後に言い残すことはあるか」
「たすけてくれ、何でもするから」
老人は足元に身を投げ出すと、地面に頭を擦り付け懇願した。
「なんでもと言われてもな、魔法の使えないお前に、一体何ができるんだ?」
地の民たちは老人を見下ろしながらせせら笑っていた。
「儂は天空都市で魔法の教師をしていたんだ。だから、お前たちに魔法を教えてやってもいい。お前たちはずっと殺し合いを続けているそうじゃないか。あの力があればほかの地の民に容易く勝てる」
「興味ねぇな」
老人は両肩を押さえつけられ俯かされた。
「しっかりと押さえとけよ。ズレたらやり直しだからな」
首すじに刃先をあて何度も位置を確認する。焚き火の周りを踊っていた人たちも固唾を呑んで見つめていた。
「助けてくれ、たすけてくれよ。おい、そこのお前、お前も一緒なんだろう。見てないで助けろよ。俺は上級氏族だぞ、俺を殺したら戦争に」
「うるせえじじいだ」
首が地面に落ちたのと同時に、赤い血が勢いよく宙を舞った。人間の内側には、これほどまでに激しい動きがあったのか。あの年老いた身体に、あれだけの量の血が流れていたことに驚いた。
胴体は三度跳ねるとまったく動かなくなった。綺麗に切断された首からは止めどなく流れつづけ、血溜まりができている。
族長はいまだ血の滴る老人の生首を皆に見えるように高らかに持ち上げると、そのまま火にくべた。
歓声が聞こえる。火は大きく燃え上がり喜んでいるようだ。
「さぁ、食え!宴の始まりだ」
我先にと村人たちが胴体へ斧を振り下ろす。目は爛々と輝き、なかには生のまま食らいついているものもいた。
「安心しろ。お前をあんな風に殺したりはしない。ちゃんと生きたままバラバラにして食うからな」
そうしている間にも陽は傾き始め夜の冷気が地を這うようにして吹き抜けた。
依然、火の勢いは衰えず、煌々と燃え続けている。疲れを知らないのか、周囲では村人たちが延々と踊り続けている。形も何もない思うままに揺れ動いては、地面に倒れ、起き上がり、また踊り始める。
すると、離れたところにひとり肌の白い女の子がいた。狂乱に参加することもなく、じっとこちら見ている。
「イル」
「あれはな、天の民と地の民の両方の血を持っているんだ」
いつのまにか隣にいた族長は赤い瞳を輝かせた。
「食ってやりたいんだが、地の民の血が混ざっていると共食いになるだろう?気持ち悪いじゃねぇか」
「人間を食っている時点で既に気味が悪い」
「そうか?虎だって人を食うぜ。でも動物を気持ち悪いなんて思わないだろう」
族長は立ち上がり
「俺たちは、天の民を同じ人間だとは思っちゃいねぇってことだ」
言い残すと、そのまま焚き火の向こうへと姿を消した。
恨まれているわけではない。地上を離れてからというもの、天と地ではこれだけの格差が広がり、同じ人間という認識さえない現状に驚きもある。けれど、どこか納得していた。
雲よりも高い場所にいた天の民と、地上でさまざまな脅威と戦い続けてきた地の民とは、考え方や価値観が違う。
考えて見れば、天空都市に墓地はなく教会もない。死という言葉さえ滅多に使われることもない。だが、地上において死は珍しいものではない。
だからこそ、力を求める。それがどんな方法であったとしても。
なにかに思い至りそうになった瞬間、俄に歓声が聞こえた。
「うおおおおおおおおおお」
村人の集団が一台の机のようなものを持ってきた。大きさは人一人が横になれるほどで、上下には鎖のようなものが四つ付いている。
「時が来たぜ、天の民。さぁここに横になってもらおうか」
最後の抵抗として、走って逃げようと思い立つと、目の前が真っ暗になった。ずっと座らされていたことや、まともな食事をもらえていなかったのもあり、力が入らず後ろに倒れる。
俺は村人たちに羽交い締めにされ台の上に寝かされた。抵抗虚しく両手両足は鎖に繋がれ、着ていた服も破かれてしまった。
「最後に言い残すことはあるか」
族長は剣を鞘から抜き放つと、真剣な表情で尋ねた。
「あれだけ平気そうな顔をしていたのに、いまになって怖くなったのか?」
本当に不思議そうな顔をして、こちらを覗き込んでいた。
「あ、いいこと思いついた。イルを呼べ。あいつに腕をやらせよう」
「イル、ですか?」
「そうだ。はやく呼んでこい」
裸のまま両手両足を固定されていた。イルに見られることへの抵抗を覚えたものの、どうせ死んでしまうのに、気にしても仕方がない。けれど、それでも、見られたくなかった。こんな無様な姿を。
「抵抗するな、早くこい」
「きゃ」
無理矢理連れてこられたのか、イルの悲鳴が聞こえた。
「よし、イル、こいつの右腕をこの剣で斬り落とせ」
「え 」
「持ち方くらい分かるだろう。そう、しっかりと付け根から一発でやれよ、躊躇するとこいつが痛いだけだからな」
イルと目があった。瞳は赤く充血しているようで、必死にこちらを見ている。
「どうした、はやくやれよ。興奮するじゃないか」
「不思議な力」
「あ?」
「お父さんが言ってました。魔法は地上にあるものだ。空にはない。自然の中にこそ、魔法の材料があるって」
「だから、なんなんだよ。お前も俺に食われたいのか?ちゃっちゃとやれよ。俺は食べたいんだ」
魔力は身体の内側にあって、その大きさで優劣が決まると学校では習った。けど、そんなことがあるのか。もし、それが本当なら俺にもまだ魔法が使えるはず。
この族長は天の民を食べること、つまり殺すことで力を得ていた。そして10人目の俺を殺すことで完全になる。現に族長は魔法を使えている。対象に触れず物を斬る力。
「だからはやくしろって言ってるだろうが」
イルは必死に抵抗しているものの腕力に圧倒的な差があるため、どうにもならない。そのまま大きく剣を振り上げると、右腕の付け根に向かい一気に振り下ろした。
「イル、味わえよ。この興奮を」
骨に弾かれたのか、少し外れて二の腕へ剣の刃先が深々と刺さった。
なぜか痛みがやってこない。荒い息遣いだけが耳の内側でこだましている。
「いやっ」
イルは立っていられなくなったのか、そのまま座り込んでしまった。
「ち、お前の度胸がねぇから、また痛い思いをさせないといけねぇじゃねぇか。かわいそうに」
なにか大切なことを忘れている。魔法を使えなくなったわけじゃない。体内の魔力が無くなっただけなのか。
空にはなく、地上にはある。
「ルシウス、よく相手を観察するんだ。魔力には流れがある。わかるはずじゃ」
「杖は媒介にすぎない。魔力は体内にある。」
まだ魔法をうまく使いこなせなかった頃、師匠に教えてもらった言葉をいまさら思い出した。
「おい、起きろ。ここからが楽しいところじゃないか。ほら、いまどんな気分だ」
「最悪だ」
「そうだろうな。だが安心しろ。ここからは俺がちゃんと斬ってやるからな」
魔力が地上にあるなら見えるはずだ。空中に漂っているのか、それとも森の中か。もしくはあの焚き火のなかに。
「いくぞ」
振り上げられた剣の刃先には血がついていた。炎の淡い光に濡れたように鮮やかなまま、落ちる。次第に速度を増していくところに、線状のなにかが見えた。その細い線を辿ると腕を通り族長の腹部にまで到達している。
さらに範囲を広げると、空中にもその微弱な線は漂っていた。
これが魔力の正体なのかもしれない。
魔法が使えていた頃のことを思い出し、体内ではなく、空中にあるものに働きかけた。
すると、突然、あたりを突風が縦横無尽に駆け巡り、村人たちはそのあまりの勢いの強さに耐えられず離れたところまで飛ばされてしまった。
近くにいた族長は、剣を手放すことはなかったものの、風の直撃を受け広場の端の方にまで飛んで倒れた。
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