第4話 死への7日間(中)
「お互いに距離を取れ」
パイデウ教官の指示に従って、所定の位置についた。この授業では実戦形式で魔法を撃ち合う。戦争こそ起きていないが、いつでも戦えるように鍛えておくのは男子の嗜みとのことで、1ヶ月に一回は模擬戦闘訓練が定められていた。
「お前みたいな下賤のものを打ちのめすために、とっておきの魔法を準備してきたんだ」
俺の相手は四大氏族フェブリス家嫡男のイーラ・フェブリス。前回の授業の決勝戦で勝利してからというもの、ずっと因縁をつけられている相手だった。
「そうか」
相手にするのも馬鹿らしいと思い、杖を向ける。
「お前のその態度が気に入らない。下級氏族の癖に、俺様を誰だと思っている」
「なんでもいいから早く始めよう」
「ああ?」
「まぁまぁ、イーラ様、少し落ち着きましょう。この授業で倒せばいいだけの話ではないですか」
パイデウ教官は慌てたようにイーラの元まで走った。あの男は一旦癇癪を起こすと、暴れる癖がある。抑えようとして下手に傷つければ、権力を使ってなにをしてくるかわからない。そのため、暴行を受けても泣き寝入りする者がほとんどだった。
なにか耳打ちされ、イーラは笑みをこちらに向けた。
「よし、それなら始めよう」
打って変わって機嫌の良くなったイーラに、ほっとした様子のパイデウ教官は元の位置まで戻ると、地面に刺してある赤い旗を掴んだ。
あの旗が振り下ろされた瞬間に、お互いに遠距離から魔法を打ち合う競技となっている。
ただ、それなりの威力になると怪我をするため、この運動場全体に変換魔法が常時発動されており、攻撃が数値化されるようにできている。
与えたダメージが数値化され、その数字が多い方が勝者となる。誤って怪我のしない仕組みになっていた。
「では、準備はいいですか」
パイデウ教官は俺とイーラが頷いたのを見て、宣言した。
「始め」
赤い旗が地面に触れる前から、魔法の発動を直感で感じた俺は、慌てて横に飛んだ。
「ファイアーボール」
イーラが得意とするのは魔法は、火魔法。というより、それ以外の魔法はすべて苦手。ただ、火魔法に特化しているだけあって、攻撃力は上級生よりも高く、その弾速と連続性はかなり手強い相手だった。
「ほら、もっといくぞ。ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」
「くそ、ウォーターウォール」
水が蒸発した音が聞こえる。連続して魔法をぶつけているようだ。
「どうした、逃げないのか下級。だからお前は下級なんだ。下賤め」
「そうだ、そうだ。それでも氏族か。逃げずに戦え」
イーラの取り巻きが囃し立てている。神聖な魔法の授業中に野次は禁物。叱るべきはずのパイデウ教官も、イーラが絡むとなにもできなかった。
「仕方ない、ウォーターランス」
発動させた水の壁を槍状に変化させ、相手に放つ。
「ファイアーウォール」
水の槍に回転をかけ、真っ直ぐ発射する。速度は更に加速して、火の壁にぶつかり、そのままイーラに刺さった。
俺の頭上に150Pと表示された。
「すげー。一発で150なんて数字見たことないぜ」
「さすが特待生だな」
「やっぱり、イーラじゃ勝てないか」
「ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス、ファイアーランス」
イーラは杖を空中に向けると、魔法を発動し続けた。
「下級では越えられない壁がある。魔法の才能で評価される天空都市では、産まれた時から人生が決まっていると言われているのは、そのためだ。お前がやろうとしていることは本来無意味なこと、それでも受けるか?」
修行をお願いしたとき、師匠に言われたことだ。
俺には人並みの魔力量しかない。だからこそ小さい頃から厳しい鍛錬を受け、魔法の制御では誰にも負けないくらいに強くなった。
少量の魔力で攻撃力を高めるには、凝縮した濃密な魔法を発動すること。ただ、それだけ。
けれど、あいつは生まれながらに持つ膨大な魔力を惜しみなく使い、あれだけ沢山の魔法を同時に発動することができる。
これこそが越えられない壁であり師匠が無意味と言っていた理由。前回勝てたのは、相手が油断していたのを狙い、最初にポイントを取れるだけ取って最後まで粘っていたからだ。
「これだ!この状況がわかるか下賤!これが上級の力だ。お前の魔力量では絶対的に不可能な力だ」
空が燃えている。まるで、太陽が落ちてくるような膨大な魔法。運動場中を覆い尽くすかのような膨大な数のファイアーランス。
「お前のような小手先の技だけじゃ防げない本物の火魔法を見せてやる。インフェルノ!!」
数えきれない無数の火の槍が空から降り注ぐ。立錐の余地もないほどに火柱が上がり、もう避ける場所もなかった。
「ウォーターガード」
ドーム状の水の壁を構築する。火の槍が一本、二本、三本となり、すぐに亀裂が入った。
「ウォーターガード」
体内の魔力量が急激に減少していく。猛攻を耐えるには、さらに魔力を追加するしかない。
「ウォーターガード」
視界がぼやけてきた。体内の魔力が尽きかけている。いまだに攻撃の手は止むことなく続いている。ただ、ここを凌げばイーラも力が残っていないはず。
「まだだ。この程度では済まさない。ファイアーボール」
燃え盛る炎が見えた。魔法を発動しようにも魔力が残っていない。このまま負けるしかない。
俺はそのまま力尽きて倒れ込んだ。
救護室で目が覚めると、魔法医が伏し目がちに説明を始めた。どうやら最後の魔法だけ何故か変換されないまま攻撃を受けてしまい体中に大火傷を負ってしまったこと。体内に魔力が残っていれば、それを使って治療できるはずだったが、それまでの攻防で使い切ってしまっていたため、完全に空になってしまったこと。そして、魔力が蓄積される様子もないことから、魔法が使えなくなったと考えられる。と事務的に首尾良く説明され、質問さえもできないまま、魔法医は逃げるようにして救護室を去った。
「魔法が使えない」
だれも見舞いに来ないまま下校時刻を伝えるチャイムがこだました。
どうやって帰ったのかもわからない。ただめ部屋に籠もっていた。幸い怪我や後遺症も残っていない。そのため、実感のないまま力を喪ってしまった。
その日から一週間後、学校から除籍処分が手紙一枚で通知された。
手紙を受け取った夜には天空都市から地上へと堕とされた。
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