第3話 死への7日間(上)
地上に堕ちてから3日目、檻に閉じ込められてから1日が経った。本来ならとっくに死んでいるはずなのに、こうして生きている。
空腹でお腹が鳴った。もうこのまま何も食べず、餓死してしまえば楽なのかもしれない。けれど、そんな死に方をするのも癪だった。最後まで足掻き続けて終わりたい。
葉っぱに包まれた謎の食べ物、味のしないねばねばとした食感のものを強引に飲み込んだ。胃が受け付けず、強烈な吐き気を感じる。それでも体力を失ってしまったら、もうどうにもならない。
「どうにかして、ここから脱出しないと」
この檻は太い木の棒を地面に立ててできている。等間隔に穴を掘り粘土のようなもので固めたのか、棒の周囲は少し変色している。格子状に合せ、蔓で結び強固に固定しており天井部分も同様だった。
「腕力のある地の民ならなんとかなるかもしれないけれど、魔法に特化した天の民は鍛えるという習慣がない。以前からこうして捕まっては食されてきたのかもしれない」
試しに地面の砂を掘ってみた。十分後には手首が埋まる程度まで掘り進めることができたものの、地下を通ることはできない。そんな時間もなければ、大量でてくる砂の隠し場所がない。
体当たりをして檻を破壊しようとしたところ、音に気づいた地の民に気づかれてしまった。たとえ檻を壊せたとしても逃げる前に捕まってしまうだろう。
「音を鳴らさず、大量の砂に気づかれずに脱出する方法、夜に行動しないといけないのは当たり前だけれど、どれも成功できそうにはない」
俺は立ち上がると村のある方角を見た。標高の高い位置にあるこの檻からは、住民の生活や周辺で働いている姿が一望できる。
まだ手伝いのできない子供たちは広場で遊んでいる。天空都市では見られない光景だ。
親たちは井戸に水を汲みに行ったり、近くの川で布を洗い、男は畑を耕している。狩りのできるものは装備を整え、弓を持ち森へと向かった。
夕方ごろになると大人たちが帰ってくる。それまでのあいだ、子供たちは一心不乱に追いかけっこをしたり、時には喧嘩をしたりして、全力で日がな一日を過ごしていた。
ここには、たしかな生活があった。
腕を枕にして、仰向けに寝転んだ。無数の星が大空に瞬いている。あの一つ一つがこの世界と同じくらいの大きさらしい。確かめたことがないから嘘かもしれないけれど、本当なら行ってみたい。
「ジリヤはどうしているかな。俺がいなくなっても、泣いてないといいけど」
優秀な妹なら俺と同じ学校に行ったとしても、きっとうまくやるだろう。努力もせずにどんな魔法でも一度見ただけで習得してしまう本物の天才だった。
俺のことなんか忘れて、上級氏族と結婚、子供さえできれば一生安泰だ。
ずっと空を見ていると、ぼんやりとする。
なんて広くて大きいんだろう。
ずっと緊張の連続だった。こうして間延びした時間を過ごしていると、悪い夢のように感じる。けれど、6日後には食べられること、死を迎えることを思うと、落ち着かない。
あまりの眩しさに寝返りをうった。ざらざらとした感触がする。嫌な現実に帰ってきたことを、はっきりと自覚した。
太陽は村のある方角から昇る。鶏と呼ばれる卵を産む鳥が叫び声をあげた。教科書でしか見たことのない動物で、鳴き声を聞いたのも生まれて初めてだ。
薄目を開けて周囲を窺うと、少し離れたところに昨日と同じ葉っぱに包まれた食事を見つけた。寝ている間に誰かが檻に入って、持ってきてくれていたらしい。
「つらい」
葉っぱを開くと粘土のような丸い物体が光っていた。
「仕方ない。戦うためには食べないと」
子供の遊び声が聞こえる。天空都市では子供同士で遊ぶ習慣はなかった。
家庭教師に魔法を教わり、座学をしたりして家の中で暮らすことがほとんど。外出することは滅多にない。
衣食住はすべて配給制のため、生きるために働く必要もなく最低限の生活はできる。
それでも、やはり生まれによる格差はあった。
氏族により与えられる仕事は決まっており、公平とされた配給も実際のところ上級と下級ではまったく異なっている。
俺の家系は下級氏族の中でも、さらに下の方だったこともあり、毎日がギリギリの生活だった。
だから必死に魔法の勉強をした。一番上の学校に入学して、クラスでもトップを取った。成績さえ良ければ、生まれが悪くてもいい仕事を選ぶことができるから。肉体を使わない頭脳労働の仕事をすることができたのかもしれない。
「あんな事故さえなければ、魔法さえ使えていたら、こんなことにならなかった。すべてはあの事故のせいだ」
向こうでは考えないようにしていた。けれど、地上に堕ちてからというもの、ずっと後悔が頭の中で渦巻いている。
クラスで行われた魔法の実践授業だった。いまにして思えば、あの授業は何か仕組まれていたのかもしれない。
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