第1話 少女との出逢い

 痛々しいほどに鮮やかな緑だった。幾重にも重なった葉の隙間から燦々と、陽の光が降り注いでいる。天空都市では高価な動物や植物たちは、地上では数え切れないほどに生息しているようだ。


「生きているのか」


 上体を起こして、おそるおそる立ち上がった。目立った外傷もなく、どこも怪我をしていない。かすり傷ひとつないようだ。


 魔法も使えない人間があの高さから落ちたら死ぬ。それこそ原型を留めないほどに、バラバラになってもおかしくない。なのに、生きている。昨日のまま、変化のない状態で。


 とにかく身を潜めることを考えた。生きていることがわかれば、追っ手が来るかもしれない。


 森の中をあてもなく歩く、というより彷徨っていると言ったほうが適切かもしれない。


 背の高い木々に覆われた道なき道を慎重に進む。天空都市では見たことのないほどの巨大な大木がそこかしこに生えており、小さい羽のついた昆虫が大量に飛び交っている。地面は起伏に富んでおり、大小様々な形をした石は無造作にあたりに落ちていた。


「これを一握りでも持って帰ることができれば、いい仕事に就けるかもしれない」


 すると動物の鋭い鳴き声が聞こえた。しかも、ここから結構近い。


 近くにあった大きな岩に身を隠した。ちょうど斜面にあたるらしく、少し下に降ると谷のような緩やかな地形になっている。


 岩陰から恐る恐る覗き見ると、裸に布を巻いただけの粗末な格好をした女の子が木の枝を削って作ったらしい尖った棒を構えている。


 その先を見ると獰猛そうな四足歩行の動物が身をかがめ虎視淡々と隙を狙っていた。


「地上に人がいるなんて」


 女の子は震えているらしく、棒の先端が小刻みに揺れている。


「助けてあげたいけど、俺には魔法が使えない。けれど、このまま見捨てると地上で餓死してしまう。なんとか情報を集めないと」


 周囲を見渡しても武器になるようなものは何一つない。たとえ石を投げたとしても、鍛えたことのない非力な腕では、あの距離まで届くはずがない。


「なにかないか。助けられる方法は」


 空を見上げると頭上を覆うようにして樹木の枝が伸びているのがわかった。さらに、その先には堅そうな木の実が生っている。


「あれを落として当てることができれば、なんとかなるかもしれない」


 手のひらに収まるほどの石を拾った。若干丸みを帯びていて握りやすい。これならきっと上手くいくだろう。


見ると動物は今にも飛びかからんと身体を屈めて力を溜めているようだ。


「今しかない」


 石を思いっきり放り投げると、木の実には到底届かず、放物線を描いて葉叢に落ちた。コツンと小気味のいい音が緊迫とした雰囲気のなかに響いた。


「いったいなぁ。なにをするんだ」


 髪の短い男の子が勢いよく草叢から飛び出してきた。右手には弓を持っている。


 こちらには気付いていないらしく、あたりを見回しながら頭を左手で抑えている。


 動物は標的を変えて、男の子に突進した。


「折角の作戦が台無しじゃん」


 慣れているのか慌てている様子もなく矢を握ると、器用に避けてそのまま背に乗り、矢を動物の目に突き刺した。


 即死したのか、暴れることもなく動物は倒れた。赤い液体が空に向かって飛んだ。あれが血というものなのか。


「もう、やりたくない」


 女の子は木の棒を地面に投げ出すと、しゃがみこんで顔を伏せた。


「それでもいいけど。族長から追い出されるよ」


 切れ味の悪そうな石と木の棒でできたものを布袋から取り出し、男の子は慣れた手つきで動物の皮を剥いでいった。あとで何かに使うかもしれない。


「僕たちには特別な力もないし、家もない。誰かを囮にして生きていくしかないんだ」


 女の子は無言のまま身体に巻いてある布を地面に広げると、処理の済んだ部位を丁寧に包んでいく。


「もうそろそろかな」


 男の子と目があった。すると、頭に衝撃を感じて慌てて振り返ろうとするも、急に身体が動かなくなって、その場で倒れた。


「おい、こいつは天の民かもしれない」


「ああ。族長に見せに行こう。きっと褒美を貰えるぞ」


 楽しげな笑い声が幾重にも重なって聞こえる。助けを呼ぼうにも麻痺した舌は、うまく動かず言葉にならない。そもそも助けを呼ぶ相手もいない。やはり堕ちて死んでおけばよかった。


 取り留めのない後悔も次第にまとまらなくなり、ぼんやりとしている。


 俺は抵抗することをやめて、そうして再び意識を失った。

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