第2話 転落
「俺が本気出せば、あっという間に金持ちになれんだよ!だけどな、こんなクソみたいな社会に俺は本気出す気はないからさ」
缶ビール片手に、酔っ払った親父はいつもこんな戯言を言っていた。
1Kのボロアパートの一室という狭い空間の中で僕は親父の戯言を黙って聞いていた。
なら、なんで本気出さないんだよ。
本気出しても無理だからだろ。
「俺は昔はすごかったんだぞ!会社のみんなが新海さん!すごいです!って尊敬の眼差し送ってたんだぞ!」
親父の繰り返される壊れたラジオのような戯言のリピート。
僕は、ただ、聞いているフリしていた。
なんでそんなすごいやつがこんなお母さんにも逃げられて、ボロアパートで毎日酒飲んでんだよ。
確かに、少し前の親父はすごかったらしい。
大手の企業で、バリバリに営業の仕事をしていた。
親父の会社のほとんど人間が親父の事を尊敬していた。
その時は、お母さんもいた。家族3人でデズニーランドにも行った。
その時の親父は、輝いていた。
そんな幸せな日々がずっと続くと思っていた。
だけど、幸せな日々なんて、少しのきっかけで壊れてしまうものだ。
親父の会社のほとんどの人間が親父を尊敬している中、一部の親父をよく思わない人間もいた。
そいつは、親父の営業の資料を盗み、親父が営業の合間に通っていた、喫茶店にわざと置いて行った。
個人情報保護法。
その営業の資料には、親父の取引先のお客様の個人情報が載っていた。
その事が発覚し、会社は、無実に親父を詰めた。
親父は必死に弁明したが、親父がよく通ってる喫茶店に置いてあった事、そもそもが、個人情報を公の場に流出させてしまった事が原因となり、親父は営業の仕事を外される事となり、会社内のリストラ部署でひたすら社内ニートをする日々を送る事となった。
ある日、親父がリストラ部署で、ただ、意味のない書類整理をしていた時に、やつが来た。
親父の同期の人間で営業成績が悪いと言われるダメ社員上妻だった。
上妻は、親父に衝撃の一言を放った。
「あれ?営業成績ナンバー1の新海さんが、まさかの取引先の真田さんの顧客情報を喫茶店に置き忘れて社内ニートですか?笑えますね」
親父は、悟った。
親父がリストラ部屋に移動した理由が、社内全体には、顧客情報の流出としか伝えられていない。
上妻のような下の役職の人間が
親父が無くした顧客情報の喫茶店に置き忘れた事、顧客の名前を知っている事を知るはずがない。
盗んだのは、上妻だと確信し、親父の怒りは最高潮に達した。
親父は、上妻を殴り、会社をクビとなった。
会社をクビになったのがきっかけとなり、親父の日々の自慢話などのストレスに耐えていたお母さんは、親父と僕を置いてどこかに消えた。
親父が営業マン時代に、資金繰りで困っていたコンビニのオーナー。
親父は、元々そのコンビニのオーナーが学生時代の後輩という事もあり、個人的にお金を貸した。
その後、コンビニの経営が安定して、コンビニのオーナーは親父に借りたお金を全額返済したが、親父に対して、恩義を感じてるのか、会社をクビになった親父にコンビニで雇うよと声をかけてくれたが親父は、ナンバー1の営業マンだったプライドからその話を蹴った。
コンビニのオーナーは、何かしら親父に対して恩を返したいという気持ちもあり、親父の子供である未成年の僕がそのコンビニで親父の酒を買えることが暗黙の了解として許されるようになった。
もし、バレたらコンビニオーナーが捕まるレベルのことだが、それほどの気持ちを持って親父に恩を返したいという気持ちは伝わる。
幸せな日常なんてすぐに壊れる。
家にずっと居て、酒ばかり飲んで戯言を話す親父を見て、僕の正常な感情は徐々になくなっていき、僕は、将来の希望を捨てていった。
つづく
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