第58話 ダハブ

  楓を急き立てて朝食会場へ向かい、奈津と桜子が座っているテーブルについた。奈津が早速、ニヤニヤして私を覗き込んできた。

「奈津、表情がうるさい。」

「昨夜はお楽しみ?」

「...ノーコメント。」

助け舟のようなタイミングで、ハムエッグやトーストが其々に運ばれてきたが、それでもニヤニヤしている奈津に溜まりかねて言った。

「あのさ。私がその質問にイエスって答えたとして、何が聞きたいのさ?」

「え、色々。根掘り葉掘り。」

「却下。」

そう言って、私はオレンジジュースに口をつくた。

  それから私達は朝食を頬張りながら、ダハブに到着した後の予定について相談した。私はダイビングのライセンスを取るかギリギリまで悩んでいたが、奈津が引きつった顔で、あることを発言したのをキッカケに、ライセンス取得は諦めた。

「昨日の夜、携帯にメッセージ入ってて...志乃さん、ダハブにいるみたいなのよ。」

楓はそれを聞いて眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌になった。何となくそんな状況で楓と別行動をとるのは嫌だった。

(ライセンスはまたの機会だな...。)

と、クリームチーズを口に放り込んだ。

「志乃さん、諦めないね...。」

と、桜子が呆れたように呟き、同調するように奈津がため息をついた。

「おモテになりますねぇ、楓さん...。」

と私が冗談めかして言ったら、本気で睨まれた。


  ホテルを出てすぐ、シナイ山の麓にある聖カタリーナ修道院を見学した。モーセが使っていたとされる井戸が残っており、感慨深いものがあった。そしてモーセが神から予言を受けた場所が修道院の中に残されていて、神の声が聞こえたと言う燃える柴が、今でも残っていて、ゾクリとした。

  ダハブに到着したのはお昼少し前だったので、荷物はムハンマドに託して、私達はホテルにチェックインする前にビーチ沿いを散策し、カフェでランチを取った。ダハブは紅海に面した海辺の町で、元々は小さな漁村だったのだが、第三次中東戦争でイスラエルの領となったことで観光開発が進められ、今や世界中からダイバーが集まる町に発展した。紅海沿いのリゾート町といえば、物価が高いように感じられるがらダハブは全てがローコストで、コストパフォーマンスが最高なリゾート地なのだ。ダハブでは、『レッドシー・リラックス』という、名前からして紅海だとわかる、ダハブビーチからそう離れていないホテルに宿を取った。ビーチで寛ぐのも、シュノーケリングに出るのも簡単な立地だった。

  チェックインした後、とりあえず新しい水着を買いたいという楓に付き合って、私達はダハブの町をウロウロと歩き回った。色々な店が並び、ひとつひとつ見て回るだけでも楽しかった。水着やパレオを扱う店だけでなく、砂のアート、貝殻を使った雑貨やアクセサリー、組み紐のブレスレット、ダハブという名前を前面に押し出したバッグやシャツ等、色々と売られていた。桜子が似顔絵を描いてもらう、と私達から離れた後、私は本屋を覗いていたのだが、奈津に呼ばれ、水着とパレオの店に引きずられるように入った。更衣室から楓が顔を覗かせて手招きをしていた。

「私に最終的に選ばせるってことかな、これは?水着、解んないんだよねぇ...。」

そう言うと、奈津が呆れたように言った。

「似合ってるかどうかはわかるでしょ!」

結局、3着のデザインと色の違う水着を着た楓を見て、散々悩んだ挙句、最後に試着したものを選んだ。


  土産物の店を覗きつつ、ホテルに戻り、ホテルのテラスレストランで夕食を取った。リゾートならではの服装に着替えていたからか、夕刻になる頃には暑さも気にならなかった。海風が吹き、とても気持ち良かったから、食後もレストランで寛いだ。

  横で3人が明日する予定のマリンアクティビティの話で盛り上がっているのを聞きながら、昼間に覗いた本屋で買った、アガサクリスティの推理小説を読んでいた。日本語では読んだ事があったが、英語で読むのは初めてで想像以上に楽しんだ。

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