第59話 珊瑚と魚

  ダハブ2日目の朝、朝食後にホテルを出た私達は、志乃に遭遇した。無意識なのか、意識してなのかは解らなかったが、楓がスッと私の後ろに一歩引いて、私の腕を掴んだ。

「楓ちゃん、そんなに警戒しなくてもいいじゃん?」

志乃はそう言ったが、私の後ろにいる楓の手の力は変わらなかった。桜子が志乃に話しかけ、話の流れを変えて歩き出してくれたおかげで、楓はホッと息をつき、私に言った。

「ここで会うの、偶然かな?」

「まあ、狭い町だからさ。...大丈夫だよ、警戒しなくても。」

「志乃さんが原因で、もうレイと喧嘩したくないから、近づきたくないの。」

楓の警戒する理由がわかって、なるほど、と納得した。余程、この前の私との不協和音が嫌だったんだな、と思った。そして、大人げない態度を見せたことを後悔した。

「もうあんな風にはならないよ。だから、大丈夫。普段通りの楓でいて。」

奈津が気を遣って、別行動しようかと言ってくれたが、私は首を横に振った。

「あからさまに避けたら逆効果だよ。」

あれ以来、実際に志乃が私達の目の前に現れたのは初めてだったから、気にならない、と言えば嘘だった。だが、もう乱されたりはしない、と一度目を閉じ大きく深呼吸をしてから海へ向かって歩きだした。


 ダハブで楽しめるマリンスポーツはダイビング以外にも色々とある。シュノーケリング、サーフィン、ウインドサーフィン、ジェットスキー、パラセーリング、バナナボート等様々で、私達はワイワイと色々なアクティビティを楽しんだ。中でも、バナナボートを楓は気に入ったらしく、何度も挑戦し、キャアキャアと悲鳴にも似た歓声を上げながら乗り、毎回海に振り落とされては笑っていた。

  志乃を交えた1日となったが、それほど気にすることなく過ごす楓を見て、安心している自分に気づいた。また、志乃も奈津と桜子にに釘をさされたのか、思った程楓には近づかなかった。

  私がダイビングをしたいと言い出さないことが気になったのか、その夜、部屋に戻ってから楓が不思議そうに尋ねてきた。200種類以上の珊瑚生息する紅海は、世界中のダイバーの憧れの海だ。だから私も勿論、ライセンス取得は諦めたとは言え、潜りたいとは思っていた。観光客向けのダイビングも勿論ある。初めはシュノーケリングだけで良いかな、と言っていた楓が私の説明でダイビングに興味を持った様子だったので、ジェットスキーを楽しむ予定の3人とは別行動をとることにした。


  翌日朝から、浅めのプールで基本的なスタイルや耳抜きを学ぶ楓を見ながら、私も感覚を取り戻していった。格安で何本でも潜れるのがダハブの良いところだ。普通はボートでスポットまで移動してもぐるが、ダハブは海岸からそのまま潜れるので値段も安くなる。初心者向けのダイビング専門店もあるから、初めて潜る楓には丁度良かった。

  いざ海へ行く段階となり、楓には現地のインストラクターがしっかりついてくれ、私はその後ろからついて行く形で潜った。グアムやハワイで潜ってきた海とはまた違う海だった。紅海独特の、美しい、透明度が抜群に高い海中には、美しい珊瑚がまるで咲き乱れる花のように並び、色鮮やかな沢山の魚を見ることがでた。その魚達と戯れながら、暫く海を漂っていた。昼休憩を挟んで、再度潜り、3本目も挑戦しようとしたが、楓は疲れたからと陸に残った。だから、3本目、4本目とインストラクターと2人で少し難易度の高いエリアに潜った。美しさが増していく。海の中に広がる、怖いほど美しい光景に目を奪われ、感嘆し、酸素を多く吸ってしまいそうになった。


  ダイビングを終え、待ち合わせていた海辺のカフェに到着したが、まだ奈津達の姿はなく、私達はのんびりと座り、ドリンクとシーシャを注文した。煙草を吸わない楓でも、ニコチンが含まれず、吸い方も異なるシーシャは楽しむことが出来るのだ。夕焼けに染まる海を見ながら、シーシャを楽しむ時間はとても贅沢だった。

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