第49話 喧嘩
一度、脳裏を過った不安を払拭するのは意外と難しい。楓と志乃から視線を外し、奈津達の会話に加わっても、モヤモヤとした感情は付き纏ったままだったが、それを忘れようとキッチンに立った。新しくウイスキーのボトルを開けて、氷と共にロックグラスに注いだ。
「レイ、飲み過ぎだよ。」
それを持ってリビングに戻った途端、後ろから楓の声がかかり、ドキリとした。平気、と返答をし、私はまた奈津達の会話に加わった。馬鹿らしい、と自分の考えを笑い、私は極力、普段通り振る舞うように努めた。
ケータリングで届いた料理を粗方食し終わった頃、桜子が代表してプレゼントを楓に手渡した。
「開けてもいい?」
そう言って包みを開け、楓は驚いた顔をした。
「これ、ベリーダンスの衣装?」
「うん。楓ちゃん、習いたいって言ってたから。」
「ありがとう!」
楓はそれを広げ、自分に合わせて見せた。ショッキングピンクが鮮やかな、ベリーダンスダンサーとしては定番のセクシーなデザインだった。
「やっぱり似合うね。」
奈津が満足そうに頷いた。
「楓ちゃん、着替えてくれないの?」
志乃がそう言い、私は凍りついた。楓が少し迷って口を開こうとした瞬間、奈津が止めた。明らかに不快な感情が顔に出たのだろう、奈津がそれを察して志乃を宥めた。そして、そろそろ片付けして帰ろうか、と声をかけた。
帰り際、奈津が私に手を合わせた。
「ごめん、ちょっと志乃さんが予想外だったわ。」
そう耳打ちをした。
4人を見送った後、私は大きなため息をついた。途端に、酔いが回ったようにフラついた。
「レイ、大丈夫?やっぱり、今日は飲み過ぎなのよ。」
「...誰のせいだと思ってんの?」
そんな事が言いたかった訳では無かった。しかし、理性よりも感情が勝っていた。無言になった楓に苛立ちをぶつけてしまった。
「貰った衣装、志乃さんに言われて着ようとしてたよね?」
「私の為に皆で買ってくれたから... 奈津さんが止めてくれたけど、ホントは迷わずに着た方が良かったのかなって。」
「は?何考えてんの?ベリーダンスを披露する時なら解るけど、初めて着るのを、見せる必要ある?今でこそ、ショーの要素が強くなったけど、元々ベリーダンスは、セックスを楽しむ意味合いの踊りなんだから。」
「うん...。」
「大体、楓は無防備過ぎる。だから付け込まれるし、簡単に襲われるんだよ。」
言ってはいけない、触れてはいけないことが口をついて出てきて、止まらなかった。言ってしまった後で、しまった、と思ったが、明らかに楓がその言葉に反応し、傷ついたのが見てとれた。
「ごめん、言い過ぎた...。頭冷やしてくるわ。」
私は家の鍵と煙草を持って、外に出た。
家の近くのグラウンドにあるベンチに座って、煙草に火をつけた。ただ、妬いただけだった。自分の大人気ない態度を情けないと思い、楓が傷つくと知っている言葉を敢えて選んだ自分に腹が立った。これまでの恋愛で、あまり焼きもちをやく事も嫉妬もしてこなかった。どこかで冷めている自分が居て、感情の起伏はあまりなかったから、自分で自分を抑えられなくなるのは、想定外だった。
どうやって楓に謝ろうかと考えながら、2本目の煙草を吸い終わり、それでも立ち上がる気になれずにいた。砂漠みたいな星は見られないな、と思いながら暗い空を見上げて暫く過ごし、ため息をついた時、足音がして振り向いた。
「やっぱりここに居た。」
楓が立っていた。
「...あのさ...ごめんなさい、私、楓に酷い言い方した。」
「...ちょっと凹んだ、かな。」
「ごめん...。」
「妬いてくれたんでしょ。いいよ、もう。」
「...でも、志乃さんは危ないと思うんだ。」
「はあ?」
「私と同じ匂いがする。」
「匂い?」
「楓のこと、絶対、エロい目で見てるよ。」
「何言ってんの?気のせいだよ。...馬鹿なこと言ってないで、帰ろ。」
楓は呆れたように言って、スタスタと歩き出した。
家に戻り、楓はボソリと言った。
「紅海だけどさ。...志乃さんも来たいって。」
「はあ?!」
「奈津さん達と落ち合うって話したら、志乃さんも来るって。」
「楓...。」
「だから、レイの気のせいだよ。大丈夫。」
「大丈夫って言う、その根拠は?」
「...じゃあ、レイの根拠は何なのよ?」
「感覚?経験?」
「は?そんなの根拠じゃないじゃん。」
「楓には判らないよ。...私のこの感覚も、気持ちも、楓には判らない。」
これ以上、実際に何かが起こらない限り、何を言っても理解はされないだろう、と思った。そして、私が諦めたということを楓は悟ったらしく、怒りが混じった様なため息をついて言った。
「レイにだって解んないわよ。私が、今日、どんな気持ちになったかなんて。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます