第48話 嫉妬
留学生のうち1人、沙也加は、可愛らしい女性だった。まだ19歳で、北海道の大学から交換留学でカイロ大学に来たという。まだ世間に揉まれていない、純粋な雰囲気が眩しかった。もう1人の志乃は人懐こい犬のような笑顔が印象的な爽やかな女性だった。自身の向上の為に暫く語学学校に通う予定で、年齢が私より1歳上だというから驚いた。楓がグラスに注いだ烏龍茶をソファテーブルに出しながら、
「そんな緊張しなくていいのに。」
と笑って言ったが、2人は多少、緊張した面持ちのままだった。
「ビビらせすぎちゃった?」
と奈津が笑いながら言うので、どういうことかと尋ねると、桜子が困ったと言う様に顔をしかめた。
「奈津がね、レイさんのことを、『引退した、元留学生のボス』なんて言うのよ。」
「あながち間違ってないでしょうが?」
「...奈津、私はボスだったんじゃなくて、お世話をしてたんだけど?」
呆れて奈津に抗議をすると、彼女は悪びれもせずに言った。
「...まあ、そうとも言う。じゃあ、『日本人留学生専用駆け込み寺の住職』かな。」
「あんまり良い響きじゃないなあ...。」
「ま、引退して、このお洒落エリアに引っこんじゃったのは本当だから良いじゃん。」
軽口を叩き合っていると、インターホンがなり、ケータリングのディナーが届いた。手伝います、と立ち上がろうとする2人を抑えて桜子と奈津が動いた。楓が動こうとしたのも、楓ちゃんの誕生日祝いなんだから、と抑えこんだ。
ダイニングテーブルに豪華な食事が並んでいった。テーブルセットが整い、私達は立食パーティー形式で食事を始めた。
「沙也加ちゃんは未成年だからアルコール駄目だよね。何飲む?色々あるけど。」
私は全員のワインを注ぎながら尋ねた。
「あ、お茶で...。」
「緊張してる?いいよ、遠慮しなくて。」
私は彼女に烏龍茶を新しく注いだグラスを渡し、もう1人のゲストの方を振り向いた。
「志乃さんはワイン飲めます?」
「タメ口でお願いしたいかな...年齢変わらないし。ワイン、頂きます。」
「じゃあ、お互いそれで気兼ねなく。」
どことなく、彼女と私が似ているような気がした。ワイングラスを手渡し、私はまた沙也加を見た。
「沙也加ちゃん、結構色々、ジュースとかもあるから、遠慮しないで言ってね。」
「はい。」
「こういうホームパーティーみたいなのは、初めて?」
頷く彼女に、なら緊張するよね、と、緊張を解すべく色々と話しかけた。
皆が手にグラスを持つのを確認して、奈津が音頭をとった。
「楓ちゃん、ハッピーバースデー!」
楓は乾杯をしながら、ありがとう、と笑顔を見せた。
食事もアルコールも進み、初めは緊張気味だった志乃は楓とかなり打ち解けた様子で話し込んでいたが、アルコールの入っていないもう1人は変わらず、私と奈津の間に座り、遠慮している風だった。緊張が解けない様子の彼女に、色々と質問を投げかけ、会話を引き出す努力をし、徐々に馴染んで来てくれた頃、奈津が私に尋ねた。
「で、どうなの?エジプト周遊は?」
「え?あぁ、ミニヤの情勢が悪くてスケジュールが微妙に狂った。」
「でも、楽しいでしょ?楓ちゃんとラブラブ旅行!」
「な、奈津...。」
しまった、と奈津は口を抑えた。その様子をみて、奈津の後ろにいた桜子が呆れたように言った。
「馬鹿...。沙也加ちゃん間にいるの忘れてたでしょ。」
「あの...おふたりは?」
「お、大人の事情ってやつ?」
遠慮がちに尋ねた彼女に、奈津が無理に誤魔化そうとするのを見て、私はそれを制して言った。
「恋人なの。」
驚いたように私と楓を見比べ、すこし強張った表情で言った。
「女同士なのに、ですか?」
(そうなるよね。)
そう思いながら、ただ頷いた。私の返答があまりに普通に返ってきたことや、奈津と桜子がさも当たり前のように接していることで、彼女は困惑した様子を見せながらも、自分で自分を納得させようとしている風に見受けられた。
一方、楓を見ると、こちらの話には全く気がついていない様子で、何やら志乃と話し込み、楽しげに笑っていた。楓のアルコールが進むスピードも、心なしか早いように感じて、
(気に入らない...。)
そう思った。それが嫉妬だと気づくまで時間はかからなかった。志乃に自分と近い、同じ匂いを感じたからだろうか、と思いはしたが、そんなに周りに同性愛者が居るはずもない、と否定する理性がいた。それでも、不安な思いは払拭されなかった。
(私が楓と会った日と同じような感情を志乃さんが感じたとしたら...?)
抉られるような気分だった。
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