第47話 ゼラニウム

  メナハウス・オベロイをチェックアウトする日の朝、コンチネンタルのルームサービス朝食をバルコニーで楽しんでいた。その時、楓の携帯が鳴った。暫く電話で話していた楓が私を見て、

「今ね、レイとギザのホテルにいるの。昼過ぎには帰るから大丈夫だと思う。うん、そう、誕生日だったから。」

と電話の向こうに伝えているのを聞いて、奈津か桜子だろう、と相手が誰なのか想像がついた。電話を終えた楓に尋ねた。

「うちに来るの?今のは奈津?桜子?」

「桜子ちゃんだよ。誕生日祝いに、晩ご飯一緒に食べようって。ケータリングのディナーをうちの家に送るからって。」

「桜子だけ?」

「奈津さんと、新しい留学生の子2人紹介したいから連れて行くって。...オッケーしちゃったけど、良かった?」

「もちろん。...ふぅん、新しい留学生か。女?男?」

「あ、そこまで聞かなかった。...帰ったら準備しなくちゃ。初めてのお客さん来るなら、完璧にしておかないと。」


  ホテルをチェックアウトし、帰りに薬局に寄ってから自宅に帰ると、正午少し前だった。とりあえず一息つこうと楓が珈琲を淹れ、リビングに落ちついた。

「レイ、ありがとう。楽しい誕生日だった。」

楓が改まって言うから、私も改まって、どういたしまして、と答えた。

「私の方が楽しんでしまったけどね。」

と付け加えたら、楓は首を横に振って言った。

「レイが楽しんでるのわかって、私も楽しかったんだ。それに...ちょっとだけ、私を公にしてくれたように感じて嬉しかったの。」

その言葉に、愛されているんだな、と実感した。と同時に、楓が望むなら、ちゃんと公にしても良いのかもしれない、と思った。たとえ、厳しい現実が私達を貶めても、日本という『調和』と『普通』が当たり前の国を離れて自由に生きている、私達学生の特権なのかもしれない、と。


  楓はパタパタと家の中を一通り掃除をすると、私にトイレ掃除を託し、

「私、花屋に行ってくるね。」

と、出て行った。来客がある日、楓は必ず新しい花を用意するなあ、と思いながら見送り、トイレ掃除を始めた。

  暫くして楓が戻ってきて、花を活けている気配がした。トイレ掃除を終えて戻ると、丁度活け終わったところらしく、リビングのカウンターに花瓶を置いているところだった。

「今日の花は、かすみ草と...この赤いのは何?」

「ゼラニウム。」

「花言葉、またあるんでしょ?」

「うん、もちろん。かすみ草は『幸福』。赤りのゼラニウムはね...『君がいて幸せ』。」

「へぇ...。」

「あ、今ちょっと喜んだでしょ?」

楓は私の顔を覗き込んで笑った。花を飾ると、楓は買ってきたばかりの香水瓶をその横に並べ、ご満悦の様子だった。

「ここに、写真があれば完璧なのにな。」

「写真?」

「2人で写ってる写真に決まってるでしょ。」

「...そこまでやんの?!」

「駄目?」

「駄目じゃ無いけど、流石に来客来るのに恥ずかしいかな、と...。」

そう言うと、楓は拗ねたように口を尖らせた。その様子に少し迷って、付け足した。

「...寝室に置くなら良いよ...。」

「...じゃあ、そうする。昨日撮って貰ったスフィンクスのところのにしようかなぁ。」

機嫌は直ったようだった。


  夕食時少し前、私が仕事の電話を受けているタイミングでインターホンが鳴った。楓が私を見て、構わないかと目で聞いたから、頷いてみせた。玄関から、

「1日遅れだけど、誕生日おめでとう」

と言う声が聞こえていた。

  パソコンを触りながら電話をしていたので、入ってきたゲスト達にジェスチャーだけで挨拶をし、パソコンに目を戻し、翻訳文の確認を済ませると、急いで電話を終わらせた。ちょうど楓が挨拶を済ませ、飲み物を入れにキッチンにたったところで、彼らに近づいた。

「ごめん、仕事の電話入っちゃって...。初めまして、アズマ・レイです。」

奈津と桜子がソファで寛ぎ始めたのとは裏腹に、留学生2人は立ち上がって挨拶をした。

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